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越前和紙の製法を里人に伝えた紙の女神「川上御前」

17img_a.jpg「写経用紙」も、「越前奉書」も、日本初の紙幣「藩札」も、初の全国共通の紙幣「太政官札」も、本を正せば女神が紙の製法を伝えてくれたから?

和紙の産地に残された言い伝えと、紙の神様をまつる岡太(おかもと)神社をご紹介します。

 

[正倉院の古文書にも記された紙漉きの里]

越前和紙の産地として有名な、福井県越前市五箇地区。日本に紙が伝えられたとされる4〜5世紀くらいには、すでに優れた紙を漉いていたことが、正倉院の古文書にも記されています。

当初は写経用の紙を漉いていましたが、その後、公家や武士などが紙を大量に使用するようになると、紙漉きの技術も向上し生産量も増加。「越前奉書」など、最高の品質を誇る紙の産地として発展を続けてきました。

 

[日本初の紙幣用紙もこの地で漉かれた]

五箇地区はまた、お札の故郷でもあります。1661年、日本初の紙幣である福井藩の「藩札」用紙を漉いたのも五箇地区の職人でした。明治時代には、日本初の全国共通の紙幣である「太政官札」の用紙を漉くようになりました。

こうした実績を踏まえ、五箇の職人は大蔵省抄紙(しょうし)局に招かれ、紙幣用紙の開発を進めたほか、光に漉かすと濃淡の絵柄が浮かぶ「黒透かし」の技術も開発しました。

 

[越前和紙を伝えたのは、紙の女神?]

五箇地区に和紙づくりを伝えたのは、一人の女神であるという言い伝えが残されています。この地に流れる岡本川の上流は、山々に囲まれ、田も畑も少なく貧しい村でした。そんな村に、ある日突然、美しい女神が現れました。

「この里は谷間で、生計をたてるのもむずかしいであろう。しかしここは、清らかな谷水に恵まれている。紙を漉けばよいであろう」と、紙漉きの技を丁寧に里人に伝えたそうです。この技を学んだ村人は非常に喜び、名前を尋ねたところ「岡本川の川上に住むもの」とだけ答え、消えてしまいました。村人はこの女神を川上御前(かわかみごぜん)とあがめ、 岡太(おかもと)神社を建てて紙の祖として、お祀りすることになりました。

 

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[日本唯一の紙の神様をまつる岡太神社]

川上御前を祀った紙祖神(しそしん) 岡太(おかもと)神社・大瀧神社は、背後の大徳山(だいとくさん)〈権現山(ごんげんさん)〉の頂にある「上宮(奥の院)」と「下宮本殿拝殿」からなっています。昭和59年(1984)に国の重要文化財に指定された「下宮本殿拝殿」は、檜の樹皮を使用した檜皮葺(ひわだぶき)屋根に、傾斜をつけた飾り屋根が重なり、拝殿と本殿が一体化した独自の造形美を見せてくれます。

 

[お祭りに残る紙漉きの文化]

春と秋に行われる例祭では、ご本尊が「奥の院」から神輿に担がれ「下宮」に下りてきます。この祭りは、地域の大切な行事と考えられており、神仏習合の文化を色濃く残すことから福井県無形民俗文化財にも指定されています。

奥の院に鎮座する神様を神輿で下宮にお連れする「お下り(おおり)」。神前に仏法を法楽する神仏習合の真髄「法華八講」の奉修。川上御前から伝授された紙漉きの所作を演じる「紙能舞」・「紙神楽」の奉納。そして、神様が奥の院に戻る「お上り(おあがり)」では、勇ましいかけ声とともに神輿が急な山道を駆け上がり、松明や提灯が山頂まで連なり、幻想的シーンを繰り広げるといいます。

 

いかがでしたか。

岡太神社本拝殿は「世界の名建築100選」(NHK)にも選ばれ、岡太神社・大瀧神社と里宮を含む「神と紙の里・越前市五箇地区」は「美しい日本の歴史的風土100選」(文化庁)にも選ばれています。今度の休日に、足を運んでみてはいかがでしょうか?

 

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17img_apply.jpg2018年7月3日(火)〜 7月31日(火)

 

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