EC業者に敗北せず、
小売業者が生き残るための戦略「フィジタル」

2024年2月19日

流通トピックス

■業種・業態:物販店・衣料店  
■キーワード:利便性/テクノロジー/VR/AR/フィジタル

相場が下落している様子を表している画像

米国では、2023年4~5月で、大手小売りチェーン2社が大規模な店舗閉鎖を発表しましました。破産も相次ぎ、1,500店舗運営していた雑貨のチェーンは今年4月に全店舗の閉鎖に追い込まれました。実店舗の縮小は、新型コロナウイルスの影響などで顧客の習慣が変化したことやインフレ、個人消費の減少がその要因だと多くの企業が主張しています。

それに加えて、大手EC業者の実店舗への進出もあります。小売業者は、このような状況に危機感を持っています。
その一方、朗報もあり、ヨーロッパの消費者のほぼ40%が週に1回店舗で購入するのに対し、同じ頻度でECを利用する人は27%でした。依然として店舗での買い物が主流であり、小売業者が影響力を持っていることを示しています。
ECは脅威である一方、リアル店舗の進化のチャンスでもあり、そのためには、顧客がわざわざ店舗を訪れたくなるような仕組みづくりをすることが必要です。

欲しい商品をすぐ入手できる利便性を優先

男性がパソコンでショッピングをしているイラスト画像

小売業者の戦略の1つ目は、ECの最大の欠点である商品が届くまでにかかる時間を狙いにして、それを利用することです。つまり、消費者が欲しいと思ってから、購入するまでの時間を最小限にするのです。

まずは、精算手続きの簡略化です。大手EC業者が実店舗で提供しているような手のひらをかざすだけで精算ができれば、行列に並んだりクレジットカードやスマートフォンを出したりという面倒な会計手続きを省略できます。

この他、店舗内の移動を支援するデジタルツールや、通路を案内するためのスマートフォンを利用した店舗アプリなどがあります。

次は、より広いエリアをカバーすることです。米国の百貨店が行っているような小規模な店舗「ミニマート」を複数のエリアにつくれば、顧客が移動する時間を節約できます。より幅広い消費者層に拡大するために、ミニマートは効果的です。

第三は、フルフィルメント(受注から発送、代金回収、顧客フォローなど一連の業務プロセス)までの提供です。小売業者は物流センターからの店舗ルート配送を利用して、「即日配送」を実現しています。配送業者のフルフィルメントサービスを利用するのもいいでしょう。

試着と商品テスト、相談もできる実店舗

店舗で女性が靴を試着している画像

ECでは、チャットや電話で買い物の相談はできますが、実店舗のように店員と話しながら買い物を楽しむことはできません。それに加えて、店舗で「パーソナライゼーション」をすることができれば、顧客の心をつかむ優れたサービスになります。

その印象的な例としては、米国のロサンゼルスの流行発信基地、メルローズアベニューに2018年にオープンしたスポーツメーカーのコンセプトショップが挙げられます。ここでは、店舗アプリで事前に予約したスニーカーを試着できます。

スニーカーはロッカーに保管されていて、店舗アプリをスキャンしてロッカーを開けます。ランニングマシンで実際にスニーカーを試したり、スタッフとの15分間の相談の予約をしたりすることもできます。

このほか、店舗アプリをダウンロードすると、グッズがもらえる自動販売機や、ドライブスルーのように店舗裏の駐車場で商品を受け取るサービスや、無料のサイズ調整をしてくれるサービスなどがあります。このショップでは、こうした店舗とデジタルの融合を進めています。

ちなみに日本では、メルローズにある店ほど大型店ではありませんが、渋谷にその店舗があり、同じような自動販売機があります。さらに予約した商品が入っているのは、ロッカーではなくウィンドウ。おしゃれなウィンドウディスプレイとして飾られているのです。ランニングマシンは、渋谷とは別のランニング専門店舗に置かれています。

顧客とスタッフの両方にメリットあるテクノロジーの導入

タッチパネルで店舗内の行先を確認している画像

スポーツメーカーやホームセンターだけではなく、食料品店でも実店舗を強化するために注目しているのがテクノロジーです。実店舗の強みとテクノロジーをシームレスに融合させてユニークなサービスを提供しています。

例えば、デジタルサイネージ(電子看板)で商品の売り場を探したり、競合他社の価格などの商品に関する情報を提供したりして、視覚的に魅力的な情報を加えることができます。

スウェーデン発のアパレルブランドでは、店舗では顧客が大型のタッチパネルを使って、コレクションを閲覧したり、新しい商品情報にアクセスしたりできるほか、スマートフォンでの精算もできます。さらにスタッフは、在庫管理システムでリアルタイムな在庫管理ができるため、迅速な補充と入荷待ちを最小限に抑えることができます。

可能性が広がるVRやARの活用

VR用のゴーグルをつけている男女のイラスト画像

ECを避ける理由として大きいのが、実際に商品を手に取れないということです。特に衣料品、食料品、電子機器などが当てはまります。逆にいえば、これが実店舗の大きな強みになるわけです。

例えば、米国を中心に世界に500店舗を持つ、ぬいぐるみの専門店では、オンラインでは再現できない独特の店舗を作っています。より魅力店に商品を見せるために新しい照明を追加したり、ディスプレイを改善したりして、100店舗以上をリニューアルしました。

もう1つはVR(仮想現実)とAR(拡張現実)の活用です。

VRは目を覆うヘッドセットとヘッドフォンを着用して、現実の世界から引き離されて、仮想の空間に入ることで、現在は、ゲームで使われることが多い技術です。

ARはスマートフォンやタブレットの画面を使用して、現実の世界とシミュレーションした世界を融合するもので、モバイルゲームの「ポケモンGo」がその代表例といっていいでしょう。スマホを現実の風景に向けると、ポケモンが表示され、まるで現在の世界にポケモンが登場したような感覚になります。

アパレルでは、早くからARを使った試着アプリが登場しています。その代表格として挙げられるのがドイツ発のスポーツメーカーが複合現実を使用した試着アプリです。

大型ホームセンターでは、2,000超の店舗のうち、2つの店舗で、現実空間の情報を取得し、サイバー空間内に現実空間の環境を再現するという「デジタルツイン」のテストをしています。レイアウトの再編成や在庫管理など、さまざまなARの活用事例を探っています。

デジタルツインとARヘッドセットの着用により、「X線ビジョン」を探索できるのも大きな特徴です。これまで店舗の一番上の棚に保管されている段ボールの中の商品を確かめるには、箱に貼られているラベルをスキャンする必要がありました。それが部分的に隠れた段ボールを地上から見上げることができ、在庫管理システムなどと組み合わせて中身を見ることができるようになったのです。そのため作業効率が大幅にアップしました。

顧客向きのサービスとしては、デジタルツインにより、販売実績と顧客トラフィックデータを解析したレイアウトの再編成があります。頻繁に一緒に購入される商品を分析して、これらの商品の設置場所を近づけることも可能になります。大店舗では、商品を受け取るために、手間をとらせないことも重要なのです。

将来の姿、「フィジタル」

フィジタルをイメージ化したイラスト画像

進化しつづけている小売業界では、実店舗に加えてオンラインショップを開設するだけでは十分ではありません。小売業の将来は、テクノロジーを使った利便性、パーソナライゼーション、効率性の強化にかかっているといっても過言ではないでしょう。

これがまさに、店舗とデジタルの融合「Phygical(フィジタル)」です。店舗やスタッフという「Physical(物理的な接点)」とアプリやECの「Digital(デジタル技術)」が融合された新たな体験の創出です。

実店舗とECの両方で顧客の思い出に残るインタラクティブな体験を提供するためのテクノロジーと戦略に、革新と投資をすることが不可欠です。これを優先することで長期的な成功を収めることができるのです。

(文)経済ジャーナリスト 嶋津典代
発行・編集文責:株式会社アール・アイ・シー
代表取締役 毛利英昭

※当記事は2023年7月時点のものです。
時間の経過などによって内容が異なる場合があります。あらかじめご了承ください。