飲食店で注目されるダイナミックプライシング
2024年6月24日
海外流通トピックス
■業種・業態:飲食店
■キーワード:ハッピーアワー/ピークタイム/デジタルメニュー/ロイヤリティプログラム
米国では2021年以降、人件費や食費、その他のコストが高騰しているため、多くの飲食店がメニュー価格を値上げしています。労働省のデータによると、2023年1月に自宅外で食べた食品の価格は、2019年の同月より30%高かったということです。
米国の飲食業界では、売上を伸ばし、利益を増やす方法を模索する中、ピーク時に高い料金を請求し、遅い時間には料金を引き下げる「ダイナミックプライシング」が注目されています。
販管に合わせたダイナミックプライシング導入進む
ダイナミックプライシングのプラットフォーマーであるJ社は、飲食店チェーンがメニューごとの販売量を見て、セット商品の提案など、飲食店がデリバリーやオンライン市場でより大きな利益シェアを獲得できるようにサポートしてきました。
コロナ禍には、配達のピーク時間帯に注文価格が15~40%高くなったとの声が上がっていました。
「消費者にとって、ダイナミックプライシングは異質な概念ではありません。長年にわたって、バーのハッピーアワーなど慣れ親しんできました」とJ社のCEOは語っています。
航空会社、ホテルなど、さまざまな業界で需要と供給のバランスをとるために、ダイナミックプライシングが活用されてきました。飲食業界でも、これが浸透したと考えてよいでしょう。
2024年2月、ファストフードチェーンW社は決算発表で、AIを使ってメニューの需給を追い、ダイナミックプライシングを25年末までに米国の全直営店に導入すると表明しました。約2000万ドルを投資して、顧客に商品を提案したり、時間帯に応じて異なるメニューを提示したりできるデジタルメニューボードを設置する計画であると言います。
一方、顧客の反応はW社の予想と大きく異なっていました。「昼食時の混む時間に価格の引き上げをするのではないか」という憶測が広がり、SNSでW社への批判や不満が広がったのです。
それに対し、W社では、ピーク時の価格の引き上げを目的としたものではないと明言。目的は1日の閑散期に割引や価値のある特典を提案することであり、デジタルの進歩により、簡単に導入できるようになったと主張しました。
価格つり上げではなく、利点になる
ダイナミックプライシングは、飲食店の収益と利益の増加につながる可能性がありますが、価格つり上げの認識を避けるためには、消費者との慎重なコミュニケーションが必要です。
「価格つり上げと感じさせない範囲内で比較的スムーズに変更を加えることができる場合、消費者はそのアイデアを好意的に受け止めるでしょう。しかし、その枠から外れると、信頼を破壊することになるでしょう」とJ社のCEOは先のW社の失敗を指摘します。そして、次のように提案します。
「ダイナミックプライシングは、顧客にとっては利点として位置付けられるべきです。混雑しない時間帯に低価格を提供することができれば、メリットだと感じるはずです」
顧客は特定の時間や商品にはプレミアムを期待し、他の時間や商品には割引を期待するように教え込まれることになります。
そうなれば、限られた時間枠内で増加する顧客に対応するのではなく、朝食、昼食、夕食のそれぞれのピークタイムを分散させることができる可能性があるのです。
成功している飲食店と戸惑う飲食店への提案
米国の飲食店チェーン数十社が、前述したJ社の技術を利用して需要動向に応じて価格を変更しており、平均で最大15%の変動があるといいます。Uなどの配達代行業者やTなどの店内飲食から店頭受け取り、配達まで予約できる飲食店予約アプリを利用すると、レストランは価格を上げたり下げたりすることもできます。
タコスを販売する店では、2023年アプリ配達注文のダイナミックプライシングのテストを開始し、週末のピークタイムにはタコスパックの持ち帰り価格を5%から10%引き上げ、平日の午後のアイドルタイムに割引しました。
別の店舗では、ダイナミックプライシングを使い始めて以来、アプリを通じた販売による収益は毎月4~6%増加しており、顧客からは不満は出ていません。
高級ステーキハウスでは、ピーク時の特等席の料金を高く設定しています。2022年末に有名人の顧客が頻繁に訪れる2つのブースにダイナミックプライシングを導入しました。ピークタイムにブースを予約するときには20ドルの手数料を加算します。こうした収入は高騰する経費を相殺するのに役立っているといいます。
J社の飲食店の顧客の収益は5~10%増加し、利益率は最大35%拡大している一方、一部のチェーン店は、テクノロジーには興味がなく、価格の高さに激怒する顧客がさらに怒るのを恐れているそうです。
外食する前にメニューの価格を頻繁にチェックする消費者の81%のうち、51%は値上げを理由に、飲食店に行くのをやめたというデータもあります。
こうした理由から、J社は価格変動の幅を狭い範囲に設定することを提案。特定の時間帯に、いくつかのアイテムに小さな変更を加えています。
それは1000店舗以上を持つある飲食店向けに、顧客に昼、夕のピークタイム前後に来店してもらうことで、節約になるという試験的なプログラムを運用しました。その結果、ピークタイムは依然として最大キャパシティーを維持しながら、入店できないと断ったり、待ち時間が長くてイライラしたりする顧客も減らすことができるようになりました。そして、収益も若干ですが増えています。
また、ある調査では、ピークタイム料金の10%を超える割引があれば、習慣を変えることに納得できると述べています。
ロイヤルティプログラムを追加すると、こんなことが可能に
麺料理のチェーン店のN社は、2023年半ばに前年比13%値上げしたことで顧客の怒りを買いました。このため、同社は経営陣を刷新し、独自のデジタルメニューを追求し、購入金額に応じたポイント加算率が異なる3つの会員レベルを設定したロイヤルティプログラムを更新しました。特典には、割引、無料アップグレード、無料アドオン、クーポンなどがあります。
全社売上の54%がN社のデジタルチャネルを通じて得られ、ロイヤルティプログラム会員だけで総売上の25%を獲得しています。
N社ではロイヤルティプログラムとデータを利用して顧客の理想的なメニュー品目、場所、注文時間、取引内容を正確に特定しました。
「ロイヤルティプログラムの会員に対しては、そのレベルに応じて時間帯ごとに価格を設定することもできます。デジタルメニューならば、すぐに価格を変更できますし、変更しても、ほとんどの人は気づかないでしょう」と経営コンサルタントは指摘します。
そして、ダイナミックプライシングとデジタルメニューを使用して、それぞれの写真、価格、時刻を独自のメリットに基づいて判断する「ABテスト」を行えば、固定のメニュー項目やプロモーションを廃止できる可能性があると提案しています。
これまで飲食店の価格設定は、ほとんどが単純化されていました。例えば、UやDなどの配達代行業者の手数料が20%ならば、すべての価格を20%引き上げるというように行っていました。しかし、それでは利用する顧客の負担が大きくなります。
本来であれば、配達代行業者を使ってサービスを提供するために、必要な経費を計算しなければならなかったのです。
ダイナミックプライシングとデジタルメニューに、ロイヤルティプログラムを組み合わせて分析すれば、これも可能になるはずです。
(文)経済ジャーナリスト 嶋津 典代
発行・編集文責:株式会社アール・アイ・シー
代表取締役 毛利英昭
※当記事は2024年3月時点のものです。
時間の経過などによって内容が異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

