小売業における物流DXへの挑戦
2024年7月22日
国内流通トピックス
■業種・業態:物流業/小売業
■キーワード:ビジネスモデル改革/高齢化/ブルウィップ効果/サプライチェーン
物流DXとは、物流におけるIT・デジタル技術の活用によるビジネスモデル改革の施策のことを指します。具体的には、AIやIoT、ビッグデータといったデジタル技術やロボティクス技術の活用、機械の導入などが該当します。国土交通省では、物流DXを「機械化・デジタル化を通じて物流のこれまでのあり方を変革すること」と定義しています。つまり、機械化・デジタル化により業務を効率化することは単なる手段で、最終的には物流における従来のビジネスモデルを変革することが目的となります。
今回は、物流業界の抱える問題の背景と小売業の役割や取り組みの変化についてレポートします。
物流業界の抱える課題
物流DXが求められる背景には、効率性の低さや人手不足、小口配送需要の増加、環境への影響など物流業界全体が抱えている様々な問題が存在します。
効率性ついては、積載効率(輸送車両が積載できる荷物の量に対する実際の積載量の割合を表す数値 ※積載効率=積載重量÷最大積載重量×100)の指標で確認することができます。
国土交通省「自動車輸送統計年報」によると、2022年度の営業用トラックの積載効率は40.12%となっており、国内を走る営業用トラックの荷台は約60%が空いている非効率な状況です。
積載効率が低いと同量の荷物を輸送するためにトラックを複数回稼働させる必要があり、ドライバーの長時間労働につながります。
さらにドライバーは、長い荷待ち時間(荷主や物流施設の都合によってドライバー側が待機している時間)や荷役(倉庫や物流施設での荷物の積み下ろしや運搬、入出庫、ピッキング、仕分けなどの活動全般)時間により長時間労働となるケースも多く、こちらも効率性の低さの要因となっています。
また、人手不足の問題も深刻です。
物流業界では、道を覚えたり運転技術が必要だったりと経験や技術が必要であることから運転に熟達したドライバーに長年頼ってきており、ドライバーの高齢化が進んでいます。
一方、厚生労働省「トラック運送業界の2024年問題について」によれば、全産業平均と比較して年間所得額が大型ドライバーで約5%・小中型ドライバーで約12%低く、年間労働時間も全産業平均と比較して約2割長いという労働条件も災いし、若年層や女性といった新たな働き手の確保は難航しています。
さらに、2024年4月の働き方改革関連法の施行により、トラックドライバーの時間外労働について年960時間(休日労働を含まず)を限度に設定する必要が生じたことで、今後さらにドライバーの人手不足問題は深刻化することが想定されます。
近年は、コロナ禍によるEC(電子商取引)の急拡大を背景とした小口配送需要の増加にともない、配送費や人件費などの物流コストが高騰し、物流業界にとって大きな負担となってきています。
その他にも、小口配送や低い積載効率によってラックの稼働率が高まると、排出される二酸化炭素の量が増えるため大気汚染につながります。消費者の環境問題への意識は高く、環境負荷低減の取り組みは物流業界全体で取り組まなければならない課題と言えます。
物流業界においては、手続きの電子化やトラック予約システムの導入、AIによる配車計画の生成といったデジタル化の他に、ドローンによる自動搬送や自動運航船による配送、倉庫内作業の自動化、自動配達ロボの導入といった機械化を通じて、各企業が様々な問題の解決に取り組んでいます。
物流DXにおける小売業の役割と取り組み
物流に関する問題解決に向けては、業界内の取り組みだけではなく生産者から消費者に至るまでのサプライチェーン全体で物流DXに取り組む必要があります。
これまでは、卸売業者や小売業者の段階で在庫がなくなりそうになったとしても、物流業者の支えによって「発注すればすぐに商品が届く」という前提が出来あがっていました。
しかし、物流業界の抱える問題が解決されない限り、今後は納品リードタイムの長期化や配送頻度の減少により欠品のリスクが高まることが予想されます。欠品リスク回避のために一度の発注で大量の商品を仕入れてしまうと、新たに在庫過多のリスクが生じます。
そして過剰在庫により、廉価販売や廃棄による収益の悪化、陳腐化や品質劣化による商品価値の低下といった悪影響が生じます。
このような状況下においては、サプライチェーンの川下では需要量の変動が小さいのに対して川上では必要以上に変動が大きくなるという「ブルウィップ効果」の観点からも、消費者に最も近い小売業の役割が非常に重要です。
「ブルウィップ効果」では、例えば消費者から「10個欲しい」という需要があった際に、小売業者は欠品防止のため少し多めに20個発注し、その事情を知らない卸売業者はこちらも欠品が出ないよう100個発注し、同様に生産者は200個生産するということが起こります。
その結果、消費者の需要よりも多い数量の商品が流通することで過剰在庫が発生するとともに、物流にもムダが生じます。
<ブルウィップ効果>
この現象の原因は、小売業者・卸売業者・生産者がそれぞれ見込みや思い込み、勘や経験で消費者の動向を予測している点にあります。そのため、消費者に最も近い小売業者の需要予測の精度向上が解決の糸口になります。
そこで、小売業における需要予測技術は、店頭におけるリアルタイムの売上・在庫情報や特売計画、天候情報、店舗棚割り情報などのビッグデータをクラウドで一元管理しAIを活用して需要を予測するなど、ITの進展とともに精度が向上しており小売業での採用が進んでいます。
経済産業省もサプライチェーンにおける小売業の需要予測技術に着目し、民間に委託した事業「令和5年度流通・物流の効率化・付加価値創出に係る基盤構築事業(販促商品等のリードタイムの延長、物流レジリエンスの向上に向けた小売業の在庫管理・発注業務のDX)」において、需要予測技術による在庫管理・発注業務DX実証を実施し、物流の効率化が一定程度見込めるなどの効果を確認しました。
具体的には、需要予測技術を使った場合、リードタイムが2週間以内の追加発注の割合が従前より58%削減されたとのことです。また、需要予測技術を使用した店舗の方が、未使用店舗よりも欠品率が低く、残在庫日数も同程度という結果になりました。
その他、需要予測技術を使って店舗納品量を曜日平準化した結果、納品量のばらつきが日配以外では1店舗/1週あたり86%から28%、日配では1店舗/1週あたり122%から21%と大幅に抑制され、欠品率も減少した上でロス率も従前と同程度という結果になりました。
さらに、曜日平準化した店舗納品量の実績値をもとに配送トラックの調達計画を検討したところ、結果として物量によって増便していた配送トラックの台数が1地区/1月あたり64台から39台に39%削減できると推計値も示されました。
物流に関する諸問題の解決のカギは、サプライチェーンの起点となる小売業にあります。
今後、小売業者の需要予測結果をリアルタイムで卸売業者・小売業者・物流業者と共有するなど、サプライチェーン全体の統合に向けて業界の壁を越えた協業が期待されます。
(文)田中イノベーション経営研究所
中小企業診断士 田中勇司
発行・編集文責:株式会社アール・アイ・シー
代表取締役 毛利英昭
※当記事は2024年5月時点のものです。
時間の経過などによって内容が異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

