米国の連邦と州による2つの最低賃金
2024年11月8日
海外流通トピックス
■業種・業態:飲食店
■キーワード:連邦制度/州制度/最低賃金/地域別最低賃金/連邦最低賃金

米国の最低賃金制度には、連邦制度と州制度とがあります。連邦の最低賃金は、2009年に引き上げられた後、据え置かれています。連邦最低賃金が適用されるのは州の最低賃金の方が低い場合や州の最低賃金が規定されていない場合で、この州の最低賃金の引き上げに大きく影響しているのが、2012年にニューヨーク市で、ファストフードの店員数百人が最低賃金15ドルとその他の労働条件の改善を求めて始めたキャンペーン「Fight for $15(15ドルのための戦い)」です。日本の外食チェーンが、海外出店を増やす傾向にありますが、トラブルに巻き込まれないようにするためにも最低賃金など日本との違いを確認する必要があります。
日本と違う米国の最低賃金制度
日本では毎年10月に引き上げられる最低賃金。最低賃金法により、企業は、最低賃金額以上の賃金を従業員に払わなければなりません。
都道府県ごとに国が定める地域別最低賃金は、毎年、47都道府県ごとに置かれた審議会の議論を経て10月に改定されることになっています。長い間、引き上げ率は低水準で推移していましたが、2021年から3年連続で過去最大の引き上げとなり、2023年に初めて全国平均が時給1000円を達成。政府は、2030年代半ばまでに全国平均1500円を目指しています。
地域別最低賃金は、その地域で働くすべての労働者とその使用者に適用されます。実際には、最低賃金に近い時給で働くパートタイマーやアルバイトが多い地域もあるようです。
一方、米国の最低賃金については、2024年4月、米国カリフォルニア州で、州内のファストフード店の従業員の最低賃金を時給20ドル(約2900円)に引き上げたというニュースが話題になりました。米国の最低賃金はどのようになっているのでしょうか。
米国の最低賃金制度には、連邦制度と州制度とがあります。まずは、前者から説明します。連邦の最低賃金は、2009年に全国一律で時給7.25ドルに引き上げられ、それ以降は据え置かれています。
連邦最低賃金は公正労働基準法によって定められていて、日本のように一定期間ごとに見直すという定めはありません。連邦最低賃金を引き上げるためには、議会承認の上で法改正が必要になります。
2021年に民主党のバイデン大統領が、連邦最低賃金を時給15ドルまで引き上げようと試みたことがあります。当時、下院議会は賃金引き上げを支持する民主党が多数派だったため、法案は可決されましたが、上院議会では雇用や中小企業への影響を懸念する共和党の反対により、実現できませんでした。
2024年4月のある調査によると、民主党員、共和党員、無所属のいずれも、80%以上が現在の連邦最低賃金では「まともな生活の質」を維持するのに十分ではないと考えています。「まともな生活の質」とは、食料品、家賃、交通費などの基本的な生活に必要なものに対して苦労せずに支払えること、と定義されています。
さらに、有権者をランダムに3つのグループに分け、それぞれ最低賃金を時給9ドル、12ドル、17ドルのいずれかに引き上げることに賛成か反対かを聞きました。
大統領選の激戦州(アリゾナ州、ジョージア州、ミシガン州、ノースカロライナ州、ネバダ州、ペンシルベニア州、ウィスコンシン州)では、最低賃金9ドルを支持したのが88%、12ドルが89%、17ドルが62%という結果になりました。
米国では、連邦最低賃金の引き上げは、党派を超えて政治的な支持を得ているということです。
民主党は2024年8月に、選挙公約となる党の政策綱領を発表。連邦最低賃金の時給15ドルへの引き上げなどを盛り込んでいます。
連邦最低賃金の対象となる企業と労働者
連邦最低賃金の枠組みについて、その適用対象となるのは、次の3つです。
- 州を超えた営業、州を超えて流通する商品の製造をする企業
- 連邦、州、地方自治体、病院、学校
- 年商50万ドル以上の事業所
適用対象外となる職種は、管理職や専門職、コンピュータ関連従事者、特定の季節娯楽施設の職員、小型新聞社の社員、一部農業従事者、ベビーシッターなどです。
その一方で、最低賃金の時給7.25ドルを下回る水準が許容される労働者も規定されています。
例えば、定期的に月30ドル以上のチップを受け取るウエイターやバリスタなどには、時給2.13ドルが最低賃金として適用される他、10代の労働者の勤務最初の90日間は時給4.25ドルが適用されます。それ以外でも宅配サービス会社の配達員やフルタイムの学生、障害者などに対しても同7.25ドルを下回る時給設定を許容しています。
州の最低賃金の多くは連邦最低賃金より高い
前述したように、連邦最低賃金とは別に州の最低賃金があります。多くの州が、州法で最低賃金を規定していて、連邦最低賃金が適用されるのは州の最低賃金の方が低い場合、あるいは、州の最低賃金が規定されていない場合です。
現在、州の約3分の2が連邦よりも高い最低賃金を設定しています。最も高いのは、コロンビア特別区(17.50ドル)、カリフォルニア州(16ドル)、ニューヨーク州(地域によって15~16ドル)である。その一方で、アラバマ州、ミシシッピ州、テキサス州、ウィスコンシン州など一部の州は連邦最低賃金を採用、またはデフォルトとしています。
先の大統領選の7つの激戦州のうち、ジョージア州、ノースカロライナ州、ペンシルベニア州、ウィスコンシン州の4つが連邦最低賃金を採用しているのも興味深いところです。
米国の50州のうち約半数は、毎年の最低賃金の改定を続けていて、特定の職種については別に設けているところもあります。改定の方法や時期はそれぞれ異なりますが、物価指標などに連動したり、州法などであらかじめ定めた水準としたりすることが多いようです。
ファストフード店の従業員の時給が20ドルに
州の最低賃金の引き上げに大きく影響しているのが、2012年にニューヨーク市で、ファストフードの店員数百人が最低賃金15ドルとその他の労働条件の改善を求めて始めたキャンペーン「Fight for $15(15ドルのための戦い)」です。
この運動は、コンビニや空港などさまざまな職種に拡大し、カリフォルニア州やニューヨーク州、コネチカット州、フロリダ州、イリノイ州など複数の州で、法案の可決や住民投票によって最低賃金15ドルが実現しました。
現在では、「Fight for $20(20ドルのための戦い)」に変わっています。カリフォルニア州のファストフード店の従業員らが参加したイベントで、ニューサム知事が「未来はここから始まる」と表明。2023年9月には、ファストフード店の従業員の最低賃金を時給20ドルに引き上げる法案に署名し、2024年4月に発効されました。
同州のファストフード店は約3万店、55万人以上が働いていて、3分の2が女性だといいます。
市場の要求以上に賃金を上げると、雇用主は商品の価格を上げたり、従業員の労働時間を減らしたり、人員削減をしたりします。最低賃金の引き上げは、失業が増加する現状を悪化させるだけだという声もあります。
その一方で「Fight for $20」は今も続いており、ニューヨーク州、マサチューセッツ州、その他の州でも追加法案が検討されています。
(文)経済ジャーナリスト 嶋津典代
発行・編集文責:株式会社アール・アイ・シー
代表取締役 毛利英昭
※当記事は2024年9月時点のものです。
時間の経過などによって内容が異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

