消費財メーカー・小売業におけるID-POS活用
2024年11月22日
国内流通トピックス
■業種・業態:小売業
■キーワード:購買行動/優良顧客/顧客関係管理/顧客理解

ITの進展にともない、最近は消費財メーカーと小売業がID-POS分析を通じて課題を抽出し、品揃えや販促に活かすケースが増えてきています。ID-POSについて歴史や現状を振り返った上で、ID-POS分析のさらなる定着に向けた課題や今後の展望についてまとめました。
ID-POSとは
ID-POSは、POS(Point Of Sales:販売時点情報管理)に顧客を識別できる情報(顧客ID)が属性として付加されたデータです。POSと比較して、「誰が」買ったかを把握できるため、個人単位での購買行動を見ることが可能となります。
POSとID-POS比較
| POS | ID-POS | |
|---|---|---|
| データに付加された属性 | “いつ”(日時) “どこで”(店舗名) “何を”(商品名) “いくつ”(数量) “いくらで”(価格) |
“誰が”(顧客ID) “いつ”(日時) “どこで”(店舗名) “何を”(商品名) “いくつ”(数量) “いくらで”(価格) |
| データから把握できる内容 | 全体傾向を把握可能 (個々の変化は把握不可) 「全体平均」の顧客像 全体傾向・変化から、個々の購買行動を推測する顧客像 |
個人単位で、購買傾向や 行動変化を把握可能 『個』にせまる顧客像 購買行動の「バラつき」や「変化」から、立体的な顧客像を構築 |
具体的には、POSでは「いつ売れたか」、「どこで売れたか」、「何が売れたか」、「いくつ売れたか」、「いくらで売れたか」といった商品の売れ方を把握することができるのに対し、ID-POSでは「誰が買ったか」、「繰り返し買われているか」、「初めて買ったか」、「誰が買わなくなったか」、「いつから買わなくなったか」、「何と一緒に買ったか」といった商品の買われ方や使われ方を多面的に把握することができます。
ID-POSの歴史と現状
ID-POSが活用され始めたきっかけは、優良顧客の重点的囲い込みを目的として始められた航空会社の「FFP(Frequent Flyer Program ※マイレージ・ポイントの提供)」が始まりと言われており、この考え方を1995年にテスコがID-POSを活用したカード会員プログラム「FSP(Freqent Shoppers Program)」として本格的に取り入れました。
日本でも2000年代になって徐々にID-POSを導入する小売業が増えていったものの、当初は殆どの企業がポイント販促プログラムとしてしか活用できていませんでした。そして、多額の費用をかけて導入したシステムを活用したいという事情で、消費財メーカーにポイント販促の提案要請をする小売業が増加しました。
しかし、高度経済成長期を経て、大量に生産した商品を小売業経由で多くの顧客にスピーディに安定供給することに慣れた多くの消費財メーカーにとって、特定の顧客のみにポイント販促を実施するといったFSPに対してネガティブな声もあったのは事実です。
さらに、ID-POSはPOSのように体系化された分析手法がなく、小売業のシステム構築を請け負った企業によって分析手法や用語が異なるため、「ID-POSの分析は難解だ」とイメージが消費財メーカーに定着し、分析自体を敬遠するケースも頻発しました。
しかし、少子高齢化にともなう市場規模の縮小、スマートフォンの普及にともなう顧客の購買スタイルや嗜好の多様化などの要因で、近年は大量生産・大量販売という消費財メーカー・小売業の従来のビジネスモデルが通用しなくなってきています。そのような状況の中、ITの進展により短時間で大量のID-POSを分析できるようになったこともあり、「LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)」の最大化を目指すCRM(Customer Relationship Management:顧客関係管理)取り組みの一環として、ID-POS分析が消費財メーカー・小売業に注目されるようになってきています。
具体的には、単なるポイント販促ではなく、ID-POS分析を通じて顧客を深く理解して顧客視点での品揃えや販促、商品開発などに活かすことで顧客ごとのLTVの最大化を目指しています。
ID-POS分析の定着に向けた課題
以前と比較すると活用が進んでいるID-POS分析ですが、さらなる定着に向けて消費財メーカー側と小売業側それぞれが解決しなければならない課題が存在します。
消費財メーカー側の課題としては、「データ分析人材の育成」、「ブランドマーケティングとショッパーマーケティングの融合」があげられます。
「データ分析人材の育成」については、人事部と連携した上で、データ分析人材のスキル定義や評価制度・学習環境の構築が必須となるでしょう。中途採用でデータ分析スキルの高い人材を採用するだけでなく、自社の業務課題を十分に理解した上でデータ分析をして小売業の課題解決提案のできる「データ分析人材の内製化」も中長期的には重要です。
また、「ブランドマーケティングとショッパーマーケティングの融合」についても、消費財メーカーがID-POS分析で得た知見を活かすために解決しなければならない重要な課題です。顧客が商品を手に取って購買するのは主に店頭であり、そこに商品が並んでいなければ購買には至りません。
ただし、商品を開発するブランドマーケティングと商品の売場や販促を提案するトレードマーケティングは、消費財メーカーの中でも分断しがちです。具体的には、ブランドマーケティングを担当するマーケティング部や宣伝部、トレードマーケティングを担当する営業部や営業企画部が、十分な連携が取れていないケースが多くあります。
営業部や営業企画部がID-POS分析で得た知見をマーケティング部や宣伝部と共有して顧客のニーズに対応した商品開発や広告宣伝につなげることは、円安や原材料高騰、PBの台頭など消費財メーカーを取り巻く環境が一層厳しくなってきている消費財メーカーにとって今後の生き残りに向けた大事な取り組みとなります。
一方、小売業側の課題としては「マスタの整備」があげられます。POS分析では、消費財メーカーや小売業が担当カテゴリーの商品マスタを整備することで、業務に必要な分析を十分カバーすることができました。
しかし、ID-POSでは担当カテゴリーの商品マスタ整備に加えて、「何と一緒に買ったか」や「誰が買ったか」といった分析をするために、担当カテゴリー以外の商品マスタや顧客マスタの整備が必須となります。これらのマスタについては、消費財メーカーでは整備が困難であり、小売業側が対応する必要があります。
マスタ整備が不十分だと誤った分析結果や解釈が困難な分析結果がでてくることになり、小売業側だけでなく消費財メーカー側も顧客のニーズに対応した商品開発や広告宣伝に活かすことができなくなります。
ID-POS分析の今後
ID-POS分析の今後に向けてカギとなるのも、商品マスタの整備となりそうです。従来の商品マスタは、商品名の名寄せや不足している属性情報の穴埋め、データの正規化など整備に労力と時間がかかっていましたが、現在はAIを活用するシステム会社も登場しています。
また、消費財メーカーや卸売業、小売業がそれぞれで管理する商品のコードや原材料などの情報を共通化して業務の効率化や均質化を実現するような、商品マスタ整備の取り組みも進んでいます。
その上で、顧客の購買行動をベースにAIで各商品に「時短志向」や「健康志向」、「コスパ志向」など定性的な特徴を付与していくことで、顧客の潜在的なニーズに沿った商品開発や品揃え、販促が可能となるでしょう。「ID-POSを活用した真の顧客理解」に向けて、ID-POS分析が次のステップに進むのはそう遠くない将来と思われます。
(文)田中イノベーション経営研究所
中小企業診断士 田中勇司
発行・編集文責:株式会社アール・アイ・シー
代表取締役 毛利英昭
※当記事は2024年10月時点のものです。
時間の経過などによって内容が異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

