存在価値が高まる消費財メーカーの
小売業向け「アナリスト」人材
2025年1月20日
国内流通トピックス
■業種・業態:小売業
■キーワード:消費者理解/仮説/存在価値/ブランド開発

カテゴリーマネジメントが日本でブームとなった1990年代頃から、外資系や日用雑貨を取り扱う消費財メーカーを中心に、小売向けの「アナリスト」人材を配置・育成する動きが顕在化しました。消費財メーカーにおける「アナリスト」業務について、概要を整理した上で近年存在価値が高まっている背景や今後の展望をまとめています。
「アナリスト」とは
「アナリスト」は正式な名称ではなく、「マーチャンダイジング担当」や「トレードマーケティング担当」、「ショッパーマーケティング担当」など企業によって様々な名称が与えられていますが、一般的には小売の持つPOS・ID-POSや自社の持つ市場POS・消費者パネルデータなどの各種データを掛け合わせて分析した上で、自社ブランドの提案に活用する営業サポート人材を指しているようです。
ただし、カテゴリーマネジメントが起源であることから「アナリスト」の業務は、
- ■「小売視点」「消費者視点」を持ち、
- ■各種データと売場情報、消費者行動など多面的な切り口で、
- ■自社商品の位置づけを明確にしてカテゴリーの抱える課題解決のサポートをすることで、
- ■小売・消費財メーカー・消費者の『三方よし』を実現する
ことが目的であり、各種データの分析は『三方よし』実現のための手段のうちの一つでしかありません。そして、「小売視点」「消費者視点」の両方がないと、そもそも課題解決のために必要な「仮説」を導き出すことが出来ません。
<「仮説」を導き出すための切り口>
さらに、消費財メーカーの「アナリスト」人材にとっては、「消費者理解」が大事になってきます。POSやID-POS、消費者パネルデータは、あくまでも過去の「結果」です。消費のメガトレンドや消費者ニーズの移り変わりを把握することで、過去の「結果」に対しての裏付けとなるだけでなく、将来の消費者の購買動向に対する「予測」をすることが出来ます。
また、冒頭に記載した「トレードマーケティング」、「ショッパーマーケティング」について、消費財メーカーの一般的なマーケティングである「ブランドマーケティング」と合わせて、以下のように整理しました。
<トレードマーケティング・ショッパーマーケティング・ブランドマーケティングの関係性>
「ブランドマーケティング」では、消費財メーカーが自社ブランドと消費者の関係を確立するため、消費者に向けて様々なメディアをミックスしたコミュニケーションを展開しています。
ただし、自社ブランドを利用する消費者は必ずしも購入者であるとは限りません。各種メディアを通じて消費者にアピールしても購入者が別では、その人が心を動かさない限り購入してもらえません。
この購入決定権を持っている人(ショッパー)に対するアプローチが、「ショッパーマーケティング」です。例えば、子供向けのお菓子は小さい子供が消費者となりますが、実際に購入するのは子供の両親や祖父母となるケースが多くなり、彼らがショッパーということになります。
さらに、ショッパーが自社ブランドを購入する販売チャネルの多くは、小売が占めています。そのため、まず店頭に商品が並ぶことが重要という考えから、「トレードマーケティング」において消費財メーカーは小売を単に流通経路の一つとして見るのではなく、「顧客」と捉えてマーケティングを行うようになってきています。
最終的に、「顧客」である小売にとっての「顧客」となるショッパーに注目しているという点で、「ショッパーマーケティング」「トレードマーケティング」について、消費財メーカー側では同じように「ショッパーマーケティング」と「トレードマーケティング」を合わせて実質的な「トレード(ショッパー)マーケティング」と一括りにしているケースが多いようです。
そして、消費財メーカー側で「トレード(ショッパー)マーケティング」を小売とともに推進していく役割を担うのが、「アナリスト」ということになります。
「アナリスト」の存在価値が高まる背景
アナリストの存在価値が消費財メーカーで高まっている背景には、大きく「消費財メーカーの役割変化」、「ITの進展」、「競争の激化」の3つが挙げられます。
「消費財メーカーの役割変化」について、市場規模が右肩上がりだった時代の消費財メーカーの役割は、消費者ニーズに合ったブランドを大量に作り、それを顧客にスピーディに安定的に供給することでした。
そして、ブランドの価値は消費財メーカーの工場や各種メディアなどを通じて創られ、卸を通じて一方的に小売にブランドを送り込めば消費者は満足していました。
しかし、現在のように物的充足が進んでくると、消費者は新たな価値を求めるようになり、消費財メーカー起点の一方的なブランド・サービスの提供は受容されにくくなってきました。
また、消費者ニーズは潜在化し、消費者自身も「何か新しい価値を」と思いながらも、それが具体的に何かを知覚していないケースが増加してきています。
そして、従来のようにメーカーの工場や各種メディアを通じてだけではなく、より消費者に近い小売側でも価値が創造される時代になってきています。そのため、従来の「メーカー視点」だけでなく、「小売視点」「消費者視点」も併せ持つ「アナリスト」の存在が消費財メーカーにとって重要となります。
さらに、「ITの進展」が消費者や小売、消費財メーカーに及ぼした影響も非常に大きいものと言えます。消費者にとっては、スマートフォンの普及とそれにともなうSNSの発展により、消費財メーカーの発信する各種メディアや小売の店頭だけではなく、多面的にブランドについて情報収集が出来るようになりました。
その結果、最近では消費者の嗜好が多様化・複雑化しています。
また、小売にとっては、店頭におけるPOS・ID-POSだけでなく、アプリ導入やECへの参入にともなう消費者との接点拡大により取得できるデータが増加しました。
一方、消費者の嗜好の変化に合わせたPB開発や改装、業態転換なども加わりバイヤーの業務量も劇的に増加しており、カテゴリーの売上・利益を小売・ショッパー目線で一緒に考えてくれる消費財メーカーの「アナリスト」に対するニーズが高まっています。
そして、消費財メーカーにとっても、従来の市場POS・消費者パネルデータに加え、商圏データや人流データ、店頭画像データ、チラシデータ、SNSデータなど取得できるデータが小売と同様に飛躍的に増加しています。
ITの進展により、従来と比較すると一つ一つの分析にかかる作業は効率化されているものの、それらの分析を組み合わせて小売の課題解決に向けた支援をすることのできる「アナリスト」は、価格やブランドに過度に依存せずに小売との関係を強化できる切り口として、消費財メーカーの中でもその必要性が日増しに増えています。
「競争の激化」については、小売と消費財メーカー双方が抱える問題です。
総務省が発表した2024年1月1日時点の住民基本台帳によると、日本の総人口は1億2488万人余りで前年より約53万人減少し、少子化が要因で15年連続の減少となりました。
さらなる人口減の加速は小売と消費財メーカー双方にとって市場の縮小に直結し、「安く仕入れて安く販売することで客数を増やす(小売側)」、「拡売費の上乗せや限定商品の乱発で売上を増やす(消費財メーカー側)」という従来の取り組みの延長線上にある『競合の売上を奪う取り組み』は、近い将来通じなくなるでしょう。
小売と消費財メーカーにとっては、『競合の売上を奪う取り組み』から共通の顧客であるショッパーに向けて新たな価値を提供することで『新規市場を創造する取り組み(イノベーション)』にシフトしていくことが、今後の生き残りのカギとなります。
その際に、小売と協働でショッパーの体験価値向上を推進することのできる「アナリスト」は、消費財メーカーだけではなく小売にとっても貴重な存在となるでしょう。
「アナリスト」の今後の展望
前項で述べてきたような背景もあり、現在は外資系や日用雑貨を取り扱う大手消費財メーカーだけではなく、食品など他業界や中堅規模の消費財メーカーでも「アナリスト」人材強化の取り組みが顕著となっています。
一方、消費財メーカーにとって「アナリスト」人材の強化は、小売との関係強化という点で競合との差別優位性につながりますが、組織としての継続的な取り組みにするには大きく2つの問題を抱えています。
まず、「アナリスト」は消費財メーカーにおける“専門職”ですが、業務としての歴史が浅いこともあり体系的な育成プランが整備できていない企業が多いことが挙げられます。
「アナリスト」には、「データ加工のスキルが高い人材」や「ブランドマーケティングを担当していた人材」、「営業部門で小売を担当していた人材」など様々な出自を持った人材が配置されますが、多くの消費財メーカーでは配置後に分析ツールの操作方法などのOFF-JTを実施した後にOJTとしてそれぞれの営業現場に育成を委ねてしまうケースが多いようです。
前述のように、「アナリスト」には分析スキルだけでなく「小売視点」や「消費者視点」、さらに自社商品の位置づけを明確にした上で小売の抱える課題を抽出するスキルなど様々な視点やスキルが必要であり、担当者によって「アナリスト」としての視点やスキルにバラつきが生じないように体系的に人材育成していくことが必要となります。
また、職務としての歴史が浅いこともあり職務定義書が整備されていない消費財メーカーが多いことも、「アナリスト」の人材定着に向けて解決しなければならない問題でしょう。
もう一つは、「ブランドマーケティングとの融合」です。前述のように、消費者と小売、消費財メーカーそれぞれの状況が変化している中で、消費財メーカーが従来のブランドマーケティングではカバーできない領域は増加しています。
そのため、トレード(ショッパー)マーケティングに取り組む「アナリスト」人材の必要性が高まっているのですが、ブランドマーケティングとトレードマーケティングが連携できていない消費財メーカーも少なくありません。
今後は、ブランドマーケティング担当とアナリスト担当が消費者やショッパーに関する情報や取り組みにおけるKPIを共有し、ブランド開発からショッパーの購買、さらに購買後の消費者のリピートまでショッパー・消費者を軸に一気通貫できる体制を構築することがショッパー・消費者の体験価値向上につながるブランド開発や小売における売場作りにつながり、中長期的に競争優位性を高めていくポイントとなるでしょう。
(文)田中イノベーション経営研究所
中小企業診断士 田中勇司
発行・編集文責:株式会社アール・アイ・シー
代表取締役 毛利英昭
※当記事は2024年12月時点のものです。
時間の経過などによって内容が異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

