自動システムを導入したサラダのファストフード店
2025年3月18日
海外流通トピックス
■業種・業態:飲食店
■キーワード:ライフスタイル/食生活/ミレニアル世代/Z世代/ロボット

米国の映画やドラマでは、主人公の女性が大きなボウルに入ったサラダを食べながら、テレビを見ているシーンがよく描かれます。「サラダボウル」は、都会的なライフスタイルや健康的な食生活を象徴するものとして、使われているのです。
サラダボウルとは、副菜ではなく、主食となるサラダを指します。本稿では、このサラダボウルとヘルシーなファストフード、そしてその自動システムについて紹介します。
ランチ時には大行列
アメリカ発祥のサラダチェーン店Sは、「人々を本物の食べ物につなげることで、より健康的なコミュニティを作る」ことを目指しています。Sのサラダボウルは、それ一食でバランスの取れた食事を提供することを目指しています。チキン、豆腐などのタンパク質、野菜、グレイン(穀物)などの栄養豊富な食材が含まれており、さまざまな栄養素を摂取することができます。
ほとんどが400~800カロリーほどの商品で、毎月の新メニューが5品ぐらい登場し、地元食材を使った商品もあります。価格は約12~15ドル(約1,830~2,290円)です。
店頭では、カウンターの奥で注文すると、スタッフが目の前でいろいろな野菜を入れて作ってくれます。
例えば、2024年5月に発売して以来大ヒットしている「キャラメル・ガーリックステーキ」という商品を紹介しましょう。
メニューには栄養成分表示もあり、熱量は860カロリー、タンパク質31g、炭水化物89g、脂肪40gとなっています。
店頭のカウンターでは、最初にベースとなるワイルドライスを入れ、次はトッピングのスパイシー・ブロッコリー、トマトを入れて、そのあとはメイン料理の温かいロースト・サツマイモとキャラメル・ガーリックステーキを入れ、最後にペスト・ビネグレットをかけて終了です。
ドレッシングをかけるときには「量を多めにしますか?それとも普通ですか?少なめですか?」と聞かれます。
カスタマイズもできて、ワイルドライスではなく白米、トッピングに人参やひよこ豆など、メイン料理も温かいロースト・サツマイモではなく、ローストチキンなどに変更、追加ができます。まったく新しいオリジナル商品を作ることもできます。
ランチ時には大行列になるため、これを避けたい人はアプリやウェブで注文しておけば、引き取り棚で受け取ることができます。
カロリー抑えめで満足感も得られる
冒頭で、都会的なライフスタイルや健康的な食生活を象徴するのがサラダボウルだと書きました。
Sの店舗は米国に918店舗(2025年2月現在)あります。そのうち、20%がニューヨーク州、次がカリフォルニア州で18%、3番目がマサチューセッツ州の14%と、この3州だけで半数以上になります。
都市でいえば、ニューヨーク、ワシントン、ボストン、シカゴ、ロサンゼルスがベスト5なので、まさに大都会に店舗があるというわけです。
ところで、米国の食事といえばカロリーが高いメニューが多いという印象がありますが、実際はどうでしょうか。ファストフードや外食チェーンの食事では、1食で1000カロリーを超えることが一般的です。例えば、大きなハンバーガー、ポテトフライ、コーラのセットでは簡単に1000カロリーを超えてしまいます。
一方、Sのサラダボウルはどうでしょうか。400~800カロリーなので低カロリーではありませんが、カロリーを抑えつつ満足感を得られるように作られています。新鮮な食材を使ったサラダボウルは、栄養バランスが良くてヘルシーでありながら、美味しさも損なわないという絶妙な選択肢になるというわけです。Sの幹部は「食べたくなるものでなければ、人々の食生活を改善することはできません」と言います。
料金はハンバーガーチェーンのMの平均単価が7~8ドルなので、Sの料金は、ほぼ倍と考えていいでしょう。
ミレニアル世代やZ世代から絶大な支持
サラダは女性が積極的に食べていそうな感じがしますが、メインの顧客は若い人で性別は関係ありません。健康的な食事に関心が高い1981~96年に生まれた「ミレニアル世代」や1997年以降に生まれた「Z世代」に支持されています。
Sがたくさん出店をしているニューヨーク、ワシントン、ボストンはいずれも大学が多く、ボストンの近くにはマサチューセッツ工科大学、ハーバード大学、ウェルズリー大学など世界的にも有名な大学が多数あります。
ところで、Sの創業者は1985年生まれの大学の友だちだった3人。ミレニアル世代にいる彼らは、「Z世代は健康的で持続可能な食品について、我々よりももっと気にしています」と言います。
彼らは大学卒業後の2007年、ヘルシーで美味しいサラダのファストフード・チェーンSを創業、ワシントンD.C.に1号店を出店しました。
2021年11月にニューヨーク証券取引所へ上場すると、店舗数が急激に伸びていきます。
2024年5月にはプロテイン・プレートをメニューに加え、顧客にもっとボリュームのある選択肢を提供するようになりました。
プロテインはタンパク質のことで、肉、魚、大豆製品、卵、乳製品などに含まれています。
前述したキャラメル・ガーリックステーキを含むプロテイン・プレートが、ディナータイムと週末の売り上げを押し上げているということです。
ロボットがサラダを作ってくれる
ここまで読んで、Sのサラダボウルは個別対応することが多いため、カウンターの前は大混雑になっているのではないかと想像したことでしょう。
そこでSが、より速く、より便利になることを目指して投入したのが、自動化システムを導入した新店舗「IK」です。2023年5月に、イリノイ州シカゴの都市圏にあるネイパービルでオープンしました。
IKの自動化されたラインでは、ベルトコンベア上を移動するボウルの中に、ワイルドライス、ブロッコリー、チーズ、その他の材料をチューブから注ぎ、回転させて混ぜます。
食材の盛り付けやドレッシングの計測・分配(量は多め・普通・少なめといった顧客の希望どおり)、調理した料理の温度制御を維持して、食品をできるだけ新鮮に保つように設計されています。
Sは2021年に、レストランテックのスタートアップ企業を買収しました。自動化ラインは、その技術を過去1年半にわたって研究をした上でつくられたものです。ボウルがベルトコンベアで移動し、移動の途中に顧客の選択した食材が追加されていきます。
要するに、材料をボウルに落とすといった基本的な反復動作を自動化しているのです。同じ動きが繰り返される作業は、テクノロジーでの自動化と相性が良いといえます。
自動化したとはいえ、このラインでは、スタッフがまったくいなくなったわけではありません。客が店舗に入るとホストが迎えてくれて、プロセス全体の案内をしてくれます。顧客は、事前にアプリや店内のサービスキオスクで注文できますが、ホストに注文することもできるようになっています。
そして、ロボットがサラダボウルを作ると、最後にスタッフがハーブを振りかけたり、アボカドを添えたりして、最後の仕上げを行います。
この間、約5分。食事を待つ間に、デザートや冷たい飲み物が入った冷蔵リーチイン・ショーケース、ロゴの入ったキャプやバッグといった限定商品などを揃えたコーナーへ案内されます。
またIKでは、飲食スペースにテイスティング・カウンターも設けられ、顧客は注文する前に試食することもできます。大きなデジタル・スクリーンでは「ブランドのストーリーテリング(ブランドが生まれた背景や価値観などをストーリー形式で共有すること)」が流されています。
農家の人たちや土がついた野菜などが映し出されて、温かな雰囲気をつくっています。Sの幹部は、もともとロボット工場のような飲食店にはしたくなかったと語っています。
2023年12月、Sは、カリフォルニア州のビーチ文化発祥の地であるハンティントン・ビーチに2番目のIKをオープンしました。
全店舗の自動化から軌道修正した理由
Sによると、人間がボウルを作ると最大でも約300個なのに対し、IKでは1時間に500個を大量生産できます。人件費が半分に削減され、処理能力が向上した結果、収益性が高くなったとも述べています。ネイパービルにある店舗の利益率は31%を超えており、チェーン店の平均20.7%を大きく上回っています。離職率も低くなっているそうです。
IKは2023年には2店舗、2024年は10店舗に拡大しました。今後5年以内に全店舗の自動化を狙っているとSの幹部は語っていましたが、その後、新店舗の50%にすると軌道修正しました。完全自動化を望まなくなったというわけです。
理由の一つは、自動化システムが高価であることです。新店舗を改造して狭いキッチンにかさばる機械を設置するためには、最大55万ドル(約8400万円)を費やす必要があります。
実は、2024年はSの転換期になりました。これまでの評判は、技術革新ばかりに集中していました。
テクノロジーを中心にイノベーションを続けてきたSですが、2024年は食品イノベーターとしての地位を取り戻すために費やしました。前述のプロテイン・プレートなどの提供もその一つです。Sの幹部は次のように語っています。
「私たちはサイド、飲み物、デザートなど、サラダボウルの外に大きなチャンスを見いだしています。テクノロジーはイノベーションを可能にするかもしれませんが、顧客が求めているのは食べ物であり、食べ物の話にはチャンスがあります。そして、適切な計画を立てることで、農家との関係とその可能性を拡大できます。自動化された厨房機器は、食品の品質を補完するものでなければなりません」
ヘルシーでローファットな食事を求めるのは一部の富裕層の特別な食事ではなくなりました。若者や女性へと拡がり日常食としてサラダボールを主食とする人達が増えてきたのです。
日常的な食事を提供する店としてチェーン展開し、こうした食事を持続的に提供するには、業務効率を高めたローコスト運営は不可欠で、そのためのシステム投資は必要です。
ただ、顧客が求めているのは、高度なシステムではなく料理であり、その食材を提供してくれる生産者であることを忘れてはなりません。
(文)経済ジャーナリスト 嶋津典代
発行・編集文責:株式会社アール・アイ・シー
代表取締役 毛利英昭
※当記事は2025年2月時点のものです。
時間の経過などによって内容が異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

