『2025年の崖』問題にともなう小売業の課題
2025年3月18日
国内流通トピックス
■業種・業態:小売業
■キーワード:2025年の崖/DX/レガシーシステム/IT人材不足

小売業界では、働き方改革に端を発した『物流2024年問題』への対応に昨年は苦労しましたが、今年はさらに『2025年の崖』という問題に直面しています。『2025年の崖』問題の概要と直近の状況、今後に向けた課題について整理しました。
『2025年の崖』とは

『2025年の崖』は、2018年に経済産業省が発表した「DXレポート~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~」で提示された言葉です。
このレポートでは、企業におけるDXに関する現状と課題について、以下のように指摘しています。
企業におけるDXに関する現状と課題

さらに、「この課題を克服できない場合、DXが実現できないだけでなく、2025年以降、最大12兆円/年の経済損失が生じる可能性がある」としており、経済産業省はこの事態を称して『2025年の崖』と呼んでいます。
具体的には、2025年に人材面においてIT人材不足が約43万人まで拡大し、技術面において国内で多くの企業が導入している独S社のERP(Enterprise Resource Planning ※統合基幹業務システム)の保守期限終了(※その後2027年までの保守期限延長を発表し、さらに2%の保守料を支払うことで2030年末まで延長も可能に)への対応が必要となる事態について、警鐘を鳴らしています。
経営面では、個々の企業において経営者が『2025年の崖』までに既存のブラックボックス状態を解消しつつデータ活用ができない場合、「市場の変化に対応して、ビジネスモデルを柔軟・迅速に変更することができない」、「システムの維持管理費が高額化し、IT予算の9割以上になる(技術的負債)」、「保守運用の担い手不在で、サイバーセキュリティや事故・災害によるシステムトラブルやデータ滅失等のリスクが高まる」といった状況に陥り、結果として今後ますます激化するデジタル競争において敗者になってしまうと予想しています。
独S社のERPについての『2025年の崖』は2027年まで先送りとなったものの、各企業とも複雑化・ブラックボックス化した既存システム(レガシーシステム)の刷新やIT人材の確保が喫緊の課題であることは変わりません。
『2025年の崖』問題への各企業の取り組み状況

それでは、2018年に『2025年の崖』問題として注意喚起された後、個々の企業の取り組みは進んでいるのでしょうか。IPA(独立行政法人 情報処理推進機構)が2024年6月に発表した「DX動向2024」から、取り組み状況を確認していきましょう。
2022年度と2023年度におけるレガシーシステムの状況を比較すると、「レガシーシステムはない」「一部領域にレガシーが残っている」の回答割合の合計は2022年度の40.4%から2023年度は58.0%と増加しており、レガシーシステムの刷新が着実に進んでいることがうかがええます。
レガシーシステムの状況(2022年度・2023年度)

また、業種別では、「流通業、小売業」は「金融業・保険業」に次いで「ほとんどがレガシーシステムである」の回答割合は高く、問題を抱えている小売企業が多いことがわかります。
レガシーシステムの状況(2023年度業種別)

一方、DXを推進する人材の確保状況については、2021年度から年を経るに従い「大幅に不足している」が増加しており、人材不足は深刻化していることが分かります。
DXの取り組みを推進する中で不足感が増していることに加え、社会全体として人手不足が進んでいる影響も考えられます。
DXを推進する人材の量(2021年度~2023年度)

業種別では、全ての業種で「やや不足している」、「大幅に不足している」の回答割合が8割を超えており、異業種間でIT人材の争奪が過熱していることが予想されます。
また、「流通業・小売業」で「わからない」の割合が他の業種と比較して高いのは、IT人材の確保について経営者が担当部署任せにしている企業が多く存在する可能性もあります。
DXを推進する人材の量(2023年度業種別)

小売業の今後に向けた課題

労働集約型産業の典型とされる小売業では、人手不足にともなうマイナス影響は他の業種と比較しても高く、『2025年の崖』問題への対応を通じて労働生産性を向上させる必要があります。
ただし、経営者の問題意識が低かったり、経営者に問題意識はあっても現場の業務が属人化していたりと、取り組みに向けたハードルが高い企業も多く存在します。
一方、コロナ禍を経て消費者の嗜好や購買行動の変化は加速しており、小売業には社内の業務効率化だけでなく、消費者ニーズに対応するDX推進が求められています。
『2025年の崖』問題への対応だけでなく、消費者ニーズに対応してデジタル競争の勝者になるために、組織としてのDX戦略を策定することが第一歩になるでしょう。経済産業省は、企業がDXを推進するための指針として「デジタルガバナンス・コード(旧:DX推進システムガイドライン)」を2020年に策定しており、2024年9月には「デジタルガバナンス・コード3.0」が公開されています。
そして、DX戦略を策定した上で、推進のための組織づくりやレガシーシステムの刷新、IT人材不足の解消といった「守りのDX」と、購買情報や顧客情報等のデータを活用して新たなビジネスモデルを作り上げていく「攻めのDX」にバランスよく取り組んでいくことが、小売業の『2025年の崖』問題への対応と競争力強化に向けた今後の課題となるでしょう。
(文)田中イノベーション経営研究所
中小企業診断士 田中勇司
発行・編集文責:株式会社アール・アイ・シー
代表取締役 毛利英昭
※当記事は2025年2月時点のものです。
時間の経過などによって内容が異なる場合があります。あらかじめご了承ください。