東京都が全国初の「カスハラ防止条例」を施行
飲食店事業者も対策実施の「奨励金支給」の対象に

2025年6月16日

国内流通トピックス

■業種・業態:飲食店  
■キーワード:カスハラ/防止条例/奨励金/カスハラ防止対策

飲食店のイメージ画像

2025年4月1日、東京都で「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」(以下、カスハラ防止条例)が施行されました。同条例の施行は、群馬県や北海道などとともに全国初。また条例の施行に伴い、東京都(以下、「都」)では企業・団体向けの奨励金・補助金の支給を決定しました。
飲食店事業者もその対象となり、後述するようにカスハラ防止対策における要件を満たせば、事業者奨励金40万円を都から受け取ることができます。条例の内容について、都の報道発表資料に基づき説明します。

東京都のカスハラ防止条例とは

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近年、飲食店内における顧客のカスハラ行為が増加し、社会問題にもなっています。

カスハラは、顧客が店に対し不適切な要求や行為をすることで従業員に精神的ストレスを与え、職場環境を害する行為です。

また、カスハラは働く人を傷つけるのみならず、商品あるいはサービスを提供する環境や事業の継続に悪影響を及ぼします。カスハラ問題に対しては、個々の事業者にとどまらず、社会全体で対応しなければなりません。

都は、全国自治体の先陣を切ってカスハラ防止条例を施行した理由について、「東京が多様な産業と高度な都市機能とが集積した世界有数の都市」であり、「日本の首都として、我が国の経済を牽引している」ことをまず挙げます。

そして「その基盤は、多岐にわたる仕事を通じて発揮される人の力」であり、東京が今後も持続的に発展していくためには、「働く全ての人が持てる力を十分に発揮することによって、事業者が安定した事業活動を行い、誰もが等しく豊かな消費生活を営むことができる環境を創出していかなければならない」としています。

そのためには、「働く人の安全及び健康を害する様々なハラスメントを未然に防止する必要がある」のです。

ただし都は、事業者や就業者がカスハラ問題に対処する場合の注意点についても、次のように指摘しています。
「顧客等による苦情や意見、要望は、業務の改善や新たな商品又はサービスの開発につながるものであることは言うまでもない。また、働く人は、商品又はサービスを提供する就業者であると同時にそれらの提供を受ける顧客等でもあり、誰もがカスタマー・ハラスメントを受ける側にも行う側にもなり得るという視点も不可欠である」

そうした認識を踏まえ、カスハラ防止の「基本理念」を定めた条例第三条の2の項目では、カスハラ防止に当たって「顧客等と就業者とが対等の立場において相互に尊重することを旨としなければならない」としています。

カスハラ防止のために、当事者がそれぞれ担う責務

飲食店内で笑顔の客と店員のイメージ画像

条例ではカスハラ防止の「基本理念」に従い、実践に際し当事者それぞれが負うべき責務について、以下のように努めなければならないと明記しています。

まず顧客等については、「カスタマー・ハラスメントに係る問題に対する関心と理解を深めるとともに、就業者に対する言動に必要な注意を払うよう努めなければならない」。

一方、就業者は「顧客等の権利を尊重し、カスタマー・ハラスメントに係る問題に対する関心と理解を深めるとともに、カスタマー・ハラスメントの防止に資する行動をとるよう努めなければならない」。

そして事業者は「カスタマー・ハラスメントの防止に主体的かつ積極的に取り組むとともに、都が実施するカスタマー・ハラスメント防止施策に協力するよう努めなければならない」。

また事業者は「その事業に関して就業者がカスタマー・ハラスメントを受けた場合には、速やかに就業者の安全を確保するとともに、当該行為を行った顧客等に対し、その中止の申入れその他の必要かつ適切な措置を講ずるよう努めなければならない」としています。

条例の対象者は、都内で事業を営む法人と、団体、国の機関そして個人事業者。就業者と顧客等は都民に限らないとしています。

カスハラ防止対策を行った都内企業向けに、40万円の奨励金を支給

カスハラと書かれたコルクの立方体のイメージ画像

都はカスハラ防止条例の施行に合わせて、「カスタマー・ハラスメント防止対策推進事業」を開始しました。この事業は、都内の事業者によるカスハラ防止の取り組みを後押しするためのもので、企業・団体向けの奨励金・補助金に49億円の予算が割り当てられています。

先述の通り、飲食店事業者が受けられるのは2025年6月に申請受付が開始される企業向け奨励金です。

対象となるのは、従業員300名以下の都内の中小企業。奨励金の支給は3年間で1万社を対象に実施されます。

奨励金の対象となるカスハラ防止対策経費は、条例施行日の4月1日以降に事業者が実施した取り組みに対し支給されます。対象となる取り組みは、「カスハラ防止対策に関する手引きの提出」と、「①録音・録画環境の整備、②AIを活用したシステム等の導入、③外部人材の活用」の3つの取り組みのうち1つです。

「録音・録画環境の整備」は、防犯カメラを設置したり、録画・録音を行ったりすることを、あらかじめ伝えておくといった作業。「AIを活用したシステム等の導入」は、顔認識モニタリングシステムの導入など。「外部人材の活用」は外部専門家によるカスハラ研修などが挙げられます。

なお団体向けには、会員企業及びその従業員向けに防止対策の体制を整備した場合に、最大100万円の奨励金(上限30件)を設けます。また防止対策と条例の普及に、都と連携して取り組む団体に対しても、上限5,000万円(補助率2分の1)の補助金(上限10件程度)が設けられています。

東京都のカスハラ防止対策実施企業への奨励金支給実施要項
○規模:(3年間で)10000件
○金額: 1社あたり40万円
○対象:従業員300名以下の都内の中小企業
○主な支給要件
 1.カスハラ防止対策マニュアルの作成
 2.以下①~③のいずれかひとつを対象にした取り組みの実施
  ①録音・録画環境の整備 ②AIを活用したシステム等の導入 ③外部人材の活用

カスハラにより従業員がストレスを感じ、サービスの質が低下

頭を抱える飲食店経営者らしい男性のイメージ画像

カスハラの実態について、調査結果から見ていきましょう。厚生労働省が実施した「令和5年度職場のハラスメントに関する実態調査」によると、過去3年間に顧客等から著しい迷惑行為の相談があった企業の割合は27.9%でした。また労働者に対する調査では、「過去3年間に勤務先で顧客等から著しい迷惑行為を一度以上経験した」と回答した割合は増加しており、その調査結果から、都は全国初の「カスハラ防止条例」を制定する方針を示したのです。

本来、顧客からのクレームは、商品・サービスや接客態度に対する不平・不満を訴えるものです。従ってそのこと自体が問題とはいえず、業務改善や新たな商品・サービス開発に繋がるものでもあります。しかしクレームの中には過剰な要求を行ったり、商品やサービスに不当な言いがかりをつけたりするものもあります。

また店舗でカスハラが発生した場合、その場の雰囲気が悪くなり、他のお客様が不快な思いをすることもあります。カスハラにより従業員がストレスを感じることでサービスの質が低下するため、経営者は、従業員を守り、大切なお客様への影響を防ぐための対策が求められます。都は奨励金を出してまで、カスハラ防止対策の実施を促しました。人手不足対策の点でも、カスハラ防止対策は必須の要件だと言えます。

カスハラを受けた業種は、飲食店が宿泊業に次いで多い

飲食店従業員のイメージ画像

次に、業種別の実態を見ることにしましょう。東京商工リサーチは2024年8月27日、「企業のカスタマー・ハラスメント」に関するアンケート調査の結果を発表しました。アンケート調査は2024年8月1日~13日にインターネットで行われ5,748社が回答しました。

直近1年間でカスハラを受けたことが「ある」と回答した企業は19.1%(5,748社中1,103社)。全体の約2割を占めます。5社に1社が「カスハラ」を受けているのです。

規模別では、受けたことが「ある」との回答は、大企業が26.1%(567社中148社)、中小企業は18.4%(5,181社中955社)で、大企業が中小企業に比べて7.7ポイント高いという結果でした。逆に「ない」との回答は大企業が73.9%(419社)、中小企業が81.5%(4,226社)。大企業ほど取引先や顧客の数が多く、クレームに接する機会が多いという事情があるようです。

「カスハラ」を受けた経験がある企業の業種別(母数10社以上)では、宿泊業が72.0%(25社中18社)で、最も高い割合を示しました。滞在時間が長いため宿泊客とのトラブルが起こることが多く、「カスハラ」を受ける割合が高いようです。次いで多いのが「飲食店」の64.8%(37社中24社)、タクシーやバスなど「道路旅客運送業」の55.5%(18社中10社)が続きます。

飲食店でのカスハラが多いのは、やはりお客が店に一定時間滞在するため、クレームが発生しやすいということが考えられます。全体に、個人客と接することが多いサービス業や小売業が上位を占めました。

こうした調査結果を踏まえ、都の宿泊業や飲食業では特に奨励金の申請を忘れずに、カスハラ防止対策に力を入れる必要があります。

「カスハラ受けた」業種別(上位)

順位業種構成比回答母数
1宿泊業72.00%1825
2飲食店64.86%2437
3道路旅客運送業55.55%1018
4無店舗小売業50.00%612
5医療業49.12%2857
6娯楽業48.64%1837
7飲食料品小売業46.66%1430
8その他の小売業42.63%55129
9機械器具小売業41.09%3073
10洗濯・理容・美容・浴場業38.09%821

(出典)東京商工リサーチ プレスリリース

(文)飲食店経営 編集委員 渡辺米英
発行・編集文責:株式会社アール・アイ・シー
代表取締役 毛利英昭

※当記事は2025年5月時点のものです。
時間の経過などによって内容が異なる場合があります。あらかじめご了承ください。