2025年の消費トレンド最前線
体験がモノを超える時代へ
2025年8月18日
国内流通トピックス
■業種・業態:小売業
■キーワード:消費トレンド/体験/消費行動/共創マーケティング/OMO

2025年の日本では、消費の中心が「モノ」から「コト」、つまり体験へと大きくシフトしています。これは一時的な流行ではなく、社会構造や価値観、そしてテクノロジーの進化がもたらした必然的な変化です。
本稿では、なぜ今「体験」がこれほどまでに求められているのかを読み解き、小売業がどのようにこの潮流に対応すべきかを考察します。
データが語る「体験消費」の現在地
総務省統計局の「家計消費状況調査」によると、二人以上の世帯におけるネットショッピングの2024年支出額(月平均額)は24,928円で、物価変動の影響を含めた前年からの名目増減率は8.3%となりました。
コロナ禍の収束ともなう外出機会の増加により名目増減率のプラス幅は縮小しているものの、依然として支出額は増加傾向にあります(図表1)。
<図表1>ネットショッピングの月平均支出額・名目増減率推移(二人以上の世帯)
そして、項目別の名目増減率の中では、特に「旅行関係費」や「チケット」といった体験型支出の伸びが顕著となっています(図表2)。
<図表2>ネットショッピングの2024年月平均支出額・対前年名目増減率(二人以上の世帯)
| 贈答品 | 食料 | 家電・家具 | 衣類・履物 | 保健・医療 | チケット以外の教養関係費 | 保険 | 旅行関係費 | チケット | その他 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 月平均支出額(円) | 910 | 5,225 | 1,752 | 2,536 | 1,076 | 1,337 | 1,099 | 5,195 | 1,080 | 4,719 |
| 名目増減率(%) | 2.1 | 6.4 | 2.5 | 6.0 | 4.0 | 7.0 | 8.6 | 15.5 | 13.7 | 8.0 |
出所:総務省統計局「家計消費状況調査」
注1)保健・医療:「医薬品」及び「健康食品」の合計
注2)チケット以外の教養関係費:「書籍」、「音楽・映像ソフト、パソコン用ソフト、ゲームソフト」及び「デジタルコンテンツ」の合計
注3)旅行関係費:「宿泊料」、「運賃」及び「パック旅行費」の合計
注4)その他:「化粧品」、「自動車等関係用品」及び「上記に当てはまらない商品・サービス」の合計
直近の2025年5月についても、「旅行関係費」と「チケット」の対前年名目増減率はそれぞれ14.6%、32.1%となっており、引き続き伸長傾向です。
また、内閣府の「消費動向調査(2025年6月)」によると、今後半年間における消費者の景気の動きに対する意識を示す指標である「消費者態度指数(二人以上の世帯、季節調整値)」が35.2(前月差+1.7)と、2025年5月の32.8(前月差+1.6)に続いて増加しており、消費者の心理が前向きになってきていることがわかります。
これは、消費者が「今を楽しむ」ことに価値を見出し、体験への投資を惜しまない傾向を示していると言えます。
なぜ「体験」が求められるのか?
なぜ「体験」が求められるのかについて、その理由を掘り下げていきます。
1. 「所有」から「利用」へ
消費者庁新未来創造戦略本部が2024年4月にまとめた「未来の消費生活に関する調査報告書」では、今後の消費は「モノの所有から利用へ」とシフトすると明言されています。
これは、サブスクリプションやシェアリングエコノミーの拡大と密接に関係しています。例えば、音楽はCDを買う時代からストリーミングで「聴く権利」を得る時代へ、車も「所有」から「カーシェア」へと変化しています。
2. SNS時代の「共有価値」
1996年以降に生まれたZ世代やα世代にとって、体験は「自分だけのもの」ではありません。
SNSで共有されることで、他の人達とのつながりや共感を生む「社会的通貨」として機能します。
「どこで何を食べたか」や「誰とどんな時間を過ごしたか」といった体験はモノ以上に記憶に残り、他の人達との関係性を築く手段となっています。
3. コロナ禍がもたらした価値観の転換
2020年以降の新型コロナウイルスの感染拡大は、人々の価値観に大きな変化をもたらしました。
消費者の心理も「いつかやろう」は「今やろう」へと変わり、体験への投資が「人生の質を高める行為」として再評価されるようになりました。
小売業の現場で起きている変化
それでは、このような「体験へのシフト」が小売業の現場にどのような影響を及ぼしているかを確認していきます。
1. 店舗が「体験の場」へ
従来の店舗は「商品を売る場所」でしたが、現在の店舗は「ブランドの世界観を体験する場所」へと進化しています。
例えば、店内にフォトスポットやカフェを併設して来店自体が“イベント”になるよう設計されたアパレルブランドの店舗が最近増えてきています。
消費者にとっては、商品を買わなくてもブランドの価値を「感じる」ことができるというメリットがあります。
2. OMO(Online Merges with Offline)の加速
消費者にとって、「オンラインで情報を得て、店舗で体験し、再びオンラインで購入する」といったようなシームレスな購買体験が当たり前になりつつあります。
そのため、オンライン(ECサイトやアプリ)とオフライン(実店舗)を分断せずに融合して顧客体験価値(CX:Customer Experience)の向上を目指すOMOというマーケティング手法を取り入れる小売業が増加しています。
OMOによる顧客体験価値向上には、デジタルとリアルの両方で「一貫したブランド体験」を提供することが不可欠となります。
3. 地域とつながる「ローカル体験」
最近は、若者を中心に「地元回帰」の動きが見られます。
例えば、地元の食材を使った料理教室や伝統工芸のワークショップ、地域限定イベントなど、地元の資源を活かした体験型消費が注目されています。
また、自治体による地域通貨やポイント制度といった施策も、こうしたローカル消費を後押ししています。
これからの消費者とどう向き合うか
小売業が体験価値を重視する消費者と今後向き合っていくためには、消費者を単なる「買い手」ではなく「共感者」や「参加者」として捉えることが重要となります。
際に意識すべき具体的なポイントについて、3つにまとめて整理しました。
1. 消費行動を引き起こすストーリーの訴求
消費者は、商品そのものよりも「なぜこの商品が生まれたのか」「どんな想いが込められているのか」といったストーリーに心を動かされます。
これは、モノの機能や価格だけでは差別化が難しくなった現代において、消費者が「共感」や「体験」を重視するようになったことの表れです。
例えば、最近地元の素材を使ったクラフトビールが全国各地で販売されるようになってきていますが、「地域を応援する」というストーリーに共感した消費者が商品を購入しています。
2. パーソナライズされた体験の提供
現在の消費者は、単なる体験ではなく「自分だけの体験」、つまりパーソナライズされた体験を求めるようになっています。
そして、AIを中心としたITの急速な進化により、個々の嗜好に合わせた体験の提供が可能になっています。
例えば、ECサイトでのレコメンドだけでなく、店舗での接客やイベントの案内などのサービスについても、個別最適化へとシフトしています。
パーソナライズされた体験の提供に向けた取り組みは、単なる技術的な仕組みの拡充ではなく、「顧客理解」の姿勢が重要となります。
消費者が「自分らしさ」を求める時代では、小売業が顧客を理解した上で、その期待に応える体験設計が求められています。
3. 「共創マーケティング」の実践
共創マーケティングとは、企業と消費者が協力し合い、商品やサービス、体験を「共に創り上げる」マーケティング手法です。
共創マーケティングにおける企業と消費者の関係は、従来の「企業が商品を提供し、消費者が選ぶ」という一方向の関係から、「企業と消費者が対話し、共に価値を生み出す」双方向の関係となります。
消費者は「ただ買う」だけでなく、「関わる」「発信する」ことに価値を感じています。
具体的には、クラウドファンディングやSNSを通じて商品やサービスに自分の意見を反映させることで自然と愛着が湧き、より深いエンゲージメントが生まれます。
まとめ~体験が社会を変える
「体験がモノを超える時代」とは、単に消費の形が変わるだけではありません。
それは、人と人との関係性、地域とのつながり、そして企業と社会の在り方をも変えていく可能性を秘めています。
そして、その変化に対応するためには、消費者に対して「モノを売る」から「体験してもらう」へと発想を転換する必要があります。
体験を通じて消費者の心に残る価値を届けることが、これからの時代に求められる本当の「商い」なのかもしれません。
(文)田中イノベーション経営研究所 中小企業診断士 田中勇司
発行・編集文責:株式会社アール・アイ・シー
代表取締役 毛利英昭
※当記事は2025年7月時点のものです。
時間の経過などによって内容が異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

