スマートシティを支えるテクノロジーと感情の重要性

2025年9月18日

海外流通トピックス

■業種・業態:小売業  
■キーワード:都市問題対策/観光都市/テクノロジー/感情

スペイン・バルセロナのイメージ画像

スペイン・バルセロナは欧州のスマートシティ先進都市として、都市問題対策にテクノロジーを積極的に導入して、さまざまな課題を克服してきました。

しかし、2024年の夏に起きた水鉄砲事件は、「テクノロジーでは対処できない人々の感情」が臨界点に達したことを象徴する出来事でした。テクノロジーだけでは解決できない感情の重要性が浮き彫りになったのです。

オーバーツーリズムも解消できるのか

バルセロナのイメージ画像

バルセロナの観光都市としての人気は、1992年の夏季オリンピックを契機に始まりました。空港や港湾の整備、都市空間の再構成を通じて、観光客の流入は加速し、都市は国際的な観光地となりました。

2000年代以降、市はデジタルインフラに多額の投資を行い、1,000以上のWi-Fiホットスポットが主要な通りや公共エリアをカバー。光ファイバー網が都市全体のデータ通信を支えています。

また、街中に設置されたセンサーによって、人流や騒音、空気の質、交通量、ゴミ箱の満杯状況などをリアルタイムで収集しています。

以前は交通渋滞がひどかったのですが、駐車場の空き状況や交通量を把握し、ドライバーへの通知や誘導を行うことで渋滞を抑制。またゴミ収集のコストを削減するなど成果を挙げてきました。

こうした成功体験が、オーバーツーリズムに対しても、同様のテクノロジーによる解決を期待させたのではないでしょうか。人流を可視化し、混雑を分散させ、観光客の動線を誘導すれば、都市は再び制御可能になる。そうした期待が制度の根底にあったのではないかと考えられます。

観光都市として拡張させたツールやサービス

サービスツールのイメージ画像

観光業は、バルセロナのGDPの12%を占める重要な産業です。雇用を生み、都市の国際的な認知度を高めてきました。それを加速したのが4つのツールやサービスの存在です。インスタグラムやTikTokなどのSNS、ライアンエアーやイージージェットなどのLCC(格安航空)、民泊サービス、イタリア発の豪華客船や、日本発着の大型クルーズ船などがそれに当たります。

ところが、これらが都市空間を根本から変えているにもかかわらず、制度も住民も、そして都市自身もその拡張速度に追い付けていないようです。

SNSは都市を「映える空間」へと変容させ、LCCは距離の感覚を消失させました。一方、民泊は私的空間を観光資源に変え、大型クルーズ船は一度に数千人を都市に流し込みました。

これらのツールやサービスは、都市の魅力を広げると同時に、制度による制御がきかない都市空間を作り上げつつあります。

バルセロナでは、スマート化によって制御可能になったと見なしていましたが、ツールやサービスの変化対応の速度には、制度も住民も対応できませんでした。制度は後手に回り、住民の生活圏は変質し、都市空間は制御不能なまま拡張を続けています。

そして、家賃の高騰、地元商店の消滅、住民の生活圏の侵食といった副作用が広がっているといわれています。

水鉄砲事件とその成果

クルーズ船ターミナルのイメージ画像

2024年夏、住民が観光客に水鉄砲を撃つ映像が、SNSで拡散されました。「Tourists go home(観光客は帰れ)」というスローガンのもと、食事中の観光客に水鉄砲を向ける行為が注目を集めました。もともとは暑さ対策の“悪ふざけ”だった水鉄砲が、抗議の象徴として世界中に拡散されたのです。2024年11月にも、2万人以上が参加する抗議デモが発生しています。

こうしたオーバーツーリズムへの抗議デモでは、成果も出ています。

観光政策を所轄しているカタルーニャ地方政府が、2025年2月に観光客税の引き上げを発表しました。1泊当たり最大15ユーロ以上となる見込みで、歳入の25%以上が住宅不足対策に充てられる予定です。

一方、バルセロナ市は2025年7月に、クルーズ船ターミナルのうち2カ所を閉鎖する方針を示しました。現在、年間約800隻のクルーズ船が市内の港に到着しており、数千人の観光客が一度に都市へ流入しています。交通や飲食店、観光施設が飽和状態となり、クルーズ船はオーバーツーリズムの象徴として市民の批判を集めています。

また、2028年11月までに認可済みの観光用アパート1万戸の許可を取り消すとの発表もありました。住宅供給の改善を目的とした対応です。

デモの主催者からは、フライト数の削減、港の閉鎖、観光宿泊施設の厳格な制限など、より強い規制を求める声が高まっています。

制御不能なSNS

携帯撮影のイメージ画像

実は、都市や住民が最も意識したほうがいいのがSNSです。最もパワーがあり、制御不能なのがSNSです。SNSは突然、路地裏、壁画など都市空間に「映える場所」を生成します。

「いいね」やコメント、シェアなどのユーザーの感情的な反応によって共有され、SNSのアルゴリズムでさらに拡散されます。SNSのアルゴリズムとは、各ユーザーの過去の行動(閲覧履歴、いいね、保存など)をもとに、「この投稿はこの人に刺さる」と判断したものを優先的に表示するということです。これにより、行政が意図しない場所が「聖地化」されるのです。

つまり、都市空間の価値が、制度や歴史ではなく、SNSの技術的な選別と感情的な反応によって動かされることを意味します。

情報拡散はリアルタイムで起こり、制度は後追いしかできず、「観光地化→混雑→規制」という制度の遅延が生まれます。

日本で富士山を背景にしたコンビニの風景がSNSで拡散され、観光客が殺到した結果、混乱を抑えるために黒幕が設置され、やがて撤去されたことは、空間がSNSによって生成され、制度が後追いで対応する構図を象徴しています。

このようにSNSは、都市の計画性や持続可能性を脅かす可能性もあるのです。

テクノロジーに加えて感情の重要性が明らかに

携帯電話の動きを測定のイメージ画像

バルセロナは、観光都市であることを放棄したわけではありません。むしろ、スマート技術によって都市を制御しようとする意志は今も強くあります。

2024年には、バルセロナの中心を貫く美しい並木道でカフェなどが点在する「ランブラス通り」に、携帯電話の動きを測定するセンサーが設置されました。人の流れをリアルタイムで把握することで、混雑度の可視化が進んでいるのです。

また、観光客の集中が著しい観光名所では、混雑緩和策としてオンライン予約制が導入されています。サグラダ・ファミリアやグエル公園では現在、事前に予約した人のみが入場可能となっており、都市の魅力が制度によって制限される状況が生まれています。

しかし、そこに記録・管理されないものがあります。住民の苛立ち、空間への違和感、制度への不信といった都市の住民の感情は、可視化の外に置かれています。制度は都市を制御しようとし、テクノロジーは都市機能を高めます。

しかし、都市空間は今、制度でもテクノロジーでもなく、SNSという感情を動かすものの重要性に気付かされました。

SNSはもはや情報の媒介ではなく、都市の生活に大きな影響を与えるものとなり、これからはSNSにも制度の監視とおなじような機能が求められることになるかもしれません。

(文)経済ジャーナリスト 嶋津典代
発行・編集文責:株式会社アール・アイ・シー
代表取締役 毛利英昭

※当記事は2025年8月時点のものです。
時間の経過などによって内容が異なる場合があります。あらかじめご了承ください。