“データが語る”売場づくり ~AIが導く陳列革命~
2025年9月18日
国内流通トピックス
■業種・業態:小売業
■キーワード:AI/売場づくり/売場体験/感情分析/自動設計

かつて、品揃えや売場づくりは、経験豊富な店長やバイヤーの「勘」によって支えられていました。しかし、消費者の購買行動が多様化し、異業種も含めた企業間競争が激化している現在において、売場は単なる商品陳列の場ではなく、顧客体験を創造する「戦略的空間」へと進化しています。この変化の鍵を握る「データ」と「AI」に注目し、今後の売場づくりのポイントをまとめました。
売場づくりの進化とデータの役割
経済産業省「商業動態統計」によると、小売業計の販売額は2020年に新型コロナウイルス感染拡大防止にともなう外出自粛により、一時的に落ち込んだものの、近年は前年実績を上回り堅調に推移しています。
小売業計の販売金額前年比推移
そして、2025年8月15日に発表された2025年6月確報でも、小売業計の販売金額は前年同月比1.9%増加しています。特に、スーパーマーケットが前年同月比4.6%増加、ドラッグストアが前年同月比6.5%増加、コンビニエンスストアが前年同月比5.1%増加といったように、日常生活に密着している業態の成長が顕著です。
この成長の背景には、POSデータやID-POSデータ、さらにはセンサーやカメラによる行動データなど、多様なデータの活用があります。これらのデータは、小売業における売場設計や商品陳列の考え方が段階的に進化していく過程で、非常に重要な役割を担いました。
進化の各段階については、以下の通りです。
第一段階:POSデータによる「売れ筋」の見える化
1980年代後半から1990年代にかけて、レジで商品をスキャンすることで「いつ・どこで・何が・いくらで売れたか」という販売情報(POSデータ)を記録できるPOSシステムが、日本の小売業にも急速に普及しました。そして、POSデータの分析を通じて売れ筋商品と売れない商品(死に筋)が明確化し、棚割(商品配置)の見直しが可能となりました。また、季節や曜日ごとの売上傾向を把握し、陳列のタイミングや量を調整できるようになりました。
これにより、売場は「感覚」ではなく「実績」に基づいて設計されるようになりました。ただし、POSデータは「誰が買ったか」までは分からないため、顧客の属性や行動までは把握できませんでした。
第二段階:ID-POSによる「顧客理解」の深化
1990年代後半に、会員カードやポイントカードの普及にともない、POSデータに「誰が買ったか」という情報を紐づけるID-POSデータが登場しました。小売業では、顧客の年齢・性別・購買履歴などに基づくターゲット別の売場設計が可能となったほか、リピート率や離反傾向の分析を通じて売場の改善点を見つけることもできるようになりました。
ただし、ID-POSはあくまでも「購入した結果」であり、顧客が「売場でどのようにその商品を選んだのか」、「どのように売場を回遊したのか」といった「購入するまでのプロセス」までは把握できません。そのため、顧客の潜在的に抱えるニーズの抽出が課題となりました。
第三段階:行動データによる「体験設計」への進化
近年では、AIカメラやセンサー、ビーコンなどの技術を活用し、店内での顧客の行動をリアルタイムで可視化する取り組みが進んでいます。
この取り組みの結果、顧客が「どのルートで店内を回っているか」「どの棚の前で立ち止まったか」「どの商品に手を伸ばしたか」など詳細な行動データを取得・分析した上で、視認性・接触性・滞在性といった「人間工学」や「感性工学」の視点を取り入れた売場設計が可能となりました。例えば、視線が集まりやすい場所に新商品を配置したり、滞在時間が短いエリアに香りや照明を加えて居心地を改善したりするなど、売場全体を「体験の場」として最適化することができます。
AIが変える売場の未来
さらに、AIはこれまでの売場づくりの常識を大きく変えつつあります。従来は、「人の経験」や「過去の売上データ」に頼っていた売場設計が、AIの導入によって「リアルタイム」「個別最適化」「感情理解」など、より高度で柔軟なものへと進化しています。
AIによって実現される未来の売場の姿を、複数の切り口からから紹介します。
1.リアルタイムで変化する環境に対応した売場
AIは、売上データや在庫状況、顧客の行動をリアルタイムで分析し、最適な売場レイアウトや陳列を即座に作成することが可能です。その結果に基づき、例えば「午前中に売れた商品を午後には補充・再配置」、「天候の変化に応じて、関連商品(傘・冷却グッズなど)を前面に移動」、「店内の混雑状況に応じて、動線を誘導するサイネージを自動調整」といった環境の変化に合わせた売場変更ができます。
これらの取り組みは、販売機会の最大化や欠品・過剰在庫の防止につながります。
2.顧客ごとに異なる売場体験(パーソナライズ)
AIは、顧客の購買履歴や属性情報をもとに、個々の顧客ニーズに合わせた売場体験を提供できます。具体的な事例としては、「顧客が入店すると、顔認識やスマホ連携により好みに合った商品をサイネージで提案」、「リピーターには前回購入商品に関連するアイテムをレコメンド」といったものが挙げられます。
その結果、顧客一人ひとりに合わせた接客が可能となり、購買率の向上や顧客ロイヤルティの強化などの効果が期待できます。
3.売場での感情分析
AIは、カメラやセンサーを通じて顧客の表情や動作を分析し、感情状態を推定することができます。例えば、顧客が売場で商品を前にして困った表情をしているのをAIが分析して近くのスタッフに通知することで、スタッフは顧客に対して効果的に声掛けできます。
このように、売場における顧客の「潜在的な不満」を早期に発見して対応し、さらに売場を改善していくことで顧客満足度の向上につながります。
4.売場の自動設計とシミュレーション
AIは、売場の設計を自動で行い、仮想空間でシミュレーションすることも可能です。例えば、売場レイアウトを3Dで再現して顧客の動線を仮想的に検証したり、店舗改装前に複数パターンの売場設計を比較・検討したりといった取り組みの他、商品配置を変更した場合の売上予測をAIが提示することも可能となります。
今後も人手不足で建築費や人件費などの出店・改装コストの高止まりが予想される中、これらの取り組みが軌道に乗れば計画段階での精度向上につながり、新規出店や改装時のリスク軽減に向けた切り札となるでしょう。
5.売場とECの連携強化(オムニチャネル化)
AIは、実店舗とオンライン店舗のデータを統合することで、シームレスな購買体験を顧客に提供することができます。具体例としては、「店舗で見た商品を帰宅後にECサイトでレコメンド」したり、「ECでの検索履歴をもとに店舗での陳列を調整」したり、「店舗在庫とEC在庫を連携して最適な販売チャネルを提案」したりといった取り組みが挙げられます。
これらの取り組みは、顧客の利便性向上や売上の最大化といったメリットの他に、チャネル間の相乗効果のアップにつながります。
AIの進化によって、未来の売場は単なる「商品を並べる場所」から「顧客一人ひとりに合わせた体験を提供する空間」へと変わっていきます。今回紹介したリアルタイム性や個別最適化、感情理解、シミュレーション、オムニチャネル連携にとどまることなく、売場の可能性は今後も確実に広がっていくでしょう。
売場づくりは「科学」と「人間の感性」の融合
売場づくりは、単なる商品配置ではなく、顧客とのコミュニケーションの場です。AIとデータ分析によって、より精緻で効果的な売場が実現できるようになった今こそ、「科学」と「人間の感性」の融合が求められています。
これからの小売業では、AIを使いこなす力が売場の質を左右する時代が近い将来必ず到来するでしょう。AIはあくまでツールであり、地域の祭りや学校行事などデータでは捉えきれない「ローカルな文脈」は現場のスタッフの知見が不可欠です。
AIの提案を鵜呑みにするのではなく、現場の声と照らし合わせて活用することが、真の陳列革命につながるのです。
(文)田中イノベーション経営研究所
中小企業診断士 田中勇司
発行・編集文責:株式会社アール・アイ・シー
代表取締役 毛利英昭
※当記事は2025年8月時点のものです。
時間の経過などによって内容が異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

