最低賃金引き上げの見通しと、備えるべき課題
2025年最低賃金と企業に求められる「稼ぐ力」
2025年10月22日
国内流通トピックス
■業種・業態:全業種
■キーワード:最低賃金/付加価値/企業体力/労務管理

2025年度の最低賃金は、全国加重平均1,121円(前年度比+66円)となりました。上げ幅は過去最大、昭和53年の制度創設以来の最高記録です。東京都や神奈川県では1,200円を超え、全国でもすべての都道府県で1,000円を突破しました。
さらに政府は「2020年代のうちに全国平均1,500円」を掲げており、今後も相当規模の引き上げが続くと見られます。
例えば、残り5年程度で1,500円に到達するには、今後も毎年50~70円のペースで引き上げが必要です。これは単なる一時的な負担ではなく、企業にとっては“持続的に対応できる体質づくり”を迫られる動きといえるでしょう。
本稿では、最低賃金上昇がもたらす影響と、それに備えて企業が取り組むべき「稼ぐ力」の磨き方について考えていきます。
最低賃金上昇がもたらす現実
最低賃金の引き上げは労働者の生活改善に直結する一方、企業、特に中小零細企業にとっては大きな試練です。
例えば、時給1,000円のスタッフを10人雇用している店舗で、時給が1,100円に上がると、単純計算で年間約2,000万円規模の人件費増加となります。飲食業や小売業のように原価率が高く、利益率が薄い業態では、経営を大きく揺るがすインパクトです。
また、最低賃金の上昇は「正社員と非正規雇用の賃金バランス」にも影響します。アルバイトの時給が上がれば、相対的に正社員との給与差が縮小し、処遇の不公平感が高まる可能性があります。結果的に正社員の昇給圧力も強まり、全体的な給与テーブルの見直しが必要になるでしょう。
求められるのは「企業体力」
賃金は「企業体力」を映す鏡のようなものです。売上や利益が安定し、将来に投資できる余力がある企業は、最低賃金の上昇にも柔軟に対応できます。しかし、体力不足のままでは、人件費の増加が経営危機に直結しかねません。
ここでいう「企業体力」とは、
- 適正な利益率を確保できるか
- 生産性を高め、少人数で成果を出せる仕組みがあるか
- 物価高や人手不足、規制強化といった外部変化に耐えられるか
といった総合的な力を指します。最低賃金の上昇はまさに「体力測定のリトマス紙」。余裕があればチャンスに、足りなければ経営リスクに直結します。
「稼ぐ力」を磨く3つの視点
最低賃金に左右されないためには、単にコスト削減に走るのではなく、「稼ぐ力」を高めることが不可欠です。稼ぐ力の例として、次の3つを挙げてみます。
1.付加価値を高める
価格競争に巻き込まれると、人件費の上昇に対応できません。大切なのは「自社にしかない価値」、つまり付加価値を打ち出すことです。たとえば、次のようなものが考えられます。
地域密着型の独自サービス
地域に根ざした店舗は、大手チェーンとの差別化がしやすい強みを持っています。例えば飲食店の場合、
- 地元食材を積極的に使用し「ここでしか食べられないメニュー」を打ち出す
- 商店街や自治体のイベントと連動した限定メニューやキャンペーンを展開する
- 常連のお客様向けに誕生日特典や地域ポイントカードと連携したサービスを導入する
などがあります。「地域の人に愛される存在になる」ことで、価格競争に巻き込まれず安定した顧客基盤を築きやすくなります。
特定のジャンルに特化した商品開発
幅広く「何でもやる」よりも、「この分野ならこの店」と言われる強みをつくることが重要です。ラーメン店なら「濃厚魚介系」「ビーガン対応」など一貫したコンセプトを貫く、カフェならスイーツやコーヒー豆の仕入れにこだわり、「専門性」を前面に打ち出す。小売店なら「健康食品特化」「輸入雑貨専門」といった尖った商品ラインナップを整えるというように特化することで口コミが広がりやすく、結果的に集客コストを抑えられるでしょう。
顧客体験の向上(接客・雰囲気・居心地)
人件費が上がる時代だからこそ、お客様に「来てよかった」「また来たい」と思っていただける体験価値の提供が欠かせません。
例えば、
- 接客面では、笑顔や声かけなど基本動作を徹底し、教育を仕組み化する
- 店舗の雰囲気づくりとして、BGM・照明・内装をターゲット層に合わせて工夫する
- 長居しやすい快適さ(座席の間隔やWi-Fi、電源など)を整えることで「居心地の良さ」を提供する
など、お客様が「ただ食事をする場」「ただ品物を買う場」以上の体験を感じられれば、リピーターとなり、結果的に売上の安定につながっていきます。「安いから選ばれる店」ではなく「ここに行きたいと思われる店」になることが、稼ぐ力の第一歩です。
2.生産性の向上
人件費が上がる中で利益を確保するには、1人あたりの生産性を高める必要があります。
・モバイルオーダーやセルフレジなどのITツール導入
レジ業務や注文取りにかかる時間を削減できれば、従業員は接客や調理に集中できます。たとえば飲食店であれば、モバイルオーダーにより注文ミスが減り、追加注文の取りこぼしも防げます。小売店ではセルフレジ導入によってレジ待ち時間が減り、顧客満足度の向上と同時に人員配置の最適化が可能です。
・業務プロセスの見直し
「昔からこうやっているから」というやり方を疑い、作業の流れをゼロから見直すことが生産性改善の第一歩です。仕入れ・仕込み・在庫管理・清掃など、業務を細かく洗い出してムダを削ることで、同じ人数でも稼働効率が高まります。業務フローを図式化して見える化するのも有効です。
・標準化されたマニュアルと新人教育の仕組みづくり
新人育成にベテランスタッフの労力を毎回割いていては効率が下がります。調理・接客・清掃などの業務をマニュアル化し、動画やチェックリストを活用することで、誰でも短期間で戦力化できる仕組みが整います。これにより育成手法のバラツキを防ぎ、サービス品質を安定させやすくなります。
「同じ人数でより大きな成果を上げる」ための工夫が、最低賃金時代の生き残り条件となります。
3.人材の活躍を引き出す
賃金を上げるだけでは定着率は改善しません。重要なのは「働きがい」の提供です。
・公平な人事評価制度
評価が不透明だと「頑張っても報われない」と感じ、モチベーション低下や離職につながります。明確な基準を設け、成果だけでなくプロセス(接客態度・協調性・改善提案など)も評価に含めることで、公平感が高まります。小規模店舗でも、月ごとにフィードバック面談を行えば従業員の納得度が上がります。
・キャリア支援やスキルアップの仕組み
アルバイトや若手社員でも「成長できる環境」があれば、定着率は大きく向上します。調理スキル、接客スキル、マネジメント経験など、段階的に学べる研修や資格取得支援を導入すると効果的です。店長候補やリーダーを社内で育てる仕組みを持つことは、人材不足時代の大きな強みになります。
・コミュニケーションを活性化する文化
給与や制度だけでなく「人間関係の良さ」が職場選びの大きな要素になります。朝礼での共有、定期的なミーティング、チャットツールなどを使った情報共有など、風通しを良くする仕組みが大切です。感謝を伝える仕掛け(サンクスカードや表彰制度など)を取り入れると、職場全体の雰囲気も明るくなりますね。
これらは企業や店舗によって具体的な取り組みが違ってきますが、最終的にスタッフが力を発揮できる環境を整えることが、最終的に「稼ぐ力」へと直結するでしょう。
今後に備えた働き方の工夫
政府が掲げる「全国平均1,500円」は、単なる数字ではなく、飲食業や小売業の経営の在り方そのものを問い直すものです。
- シフト柔軟化:短時間勤務や副業との両立を認め、必要な時に必要な人材を確保する
- ジョブ型アプローチ:スタッフに役割と成果を明確にし、成果に応じた報酬へと転換する
- 多能工化(マルチタスク化):1人が複数の業務や役割を担えるよう育成し、少人数でも店舗を回せる体制をつくる
- データ経営:売上・原価・人件費をリアルタイムで把握し、即座に戦略を修正する
これらは単に「人件費に耐える工夫」ではなく、企業の競争力そのものを底上げする仕組みです。
労務管理上の注意点
これまでお伝えした仕組みは1日や2日では導入できないものもありますが、最低賃金の改定に合わせて、次の点を必ず確認しておきましょう。
- 全スタッフの時給換算額が最低賃金を下回っていないか
- 固定残業代や手当を含めた支給方法が適正か
- 雇用契約書や労働条件通知書に誤りがないか
- 勤怠管理が正しく行われ、残業代計算に漏れがないか
- 賃金体系がスタッフにとって理解しやすいか
- 昇給や処遇改善のルールを説明できる体制があるか
- パート・アルバイトも含めて網羅的にチェックできているか
法令遵守は最低ラインですが、これを確認し、徹底していくことが「スタッフが安心して働ける職場づくり」につながります。
2025年の最低賃金引き上げは、中小企業にとって厳しい現実かもしれません。しかし同時に経営を見直すチャンスでもあります。人件費増を「コストの痛み」として捉えるのではなく、「稼ぐ力を鍛えるためのきっかけ」と前向きにとらえ、体力を強化する戦略を打ち出していくことが大事です。
最低賃金の改定は「給与を上げるだけ」の話ではなく、賃金規程・雇用契約書・勤怠管理・評価制度など幅広い仕組みの見直しを伴いますが、最低賃金の上昇を「危機」ではなく「成長のチャンス」に変えるための取り組みが求められます。
(文)こんくり株式会社 代表取締役
特定社会保険労務士 安 紗弥香
発行・編集文責:株式会社アール・アイ・シー
代表取締役 毛利英昭
※当記事は2025年9月時点のものです。
時間の経過などによって内容が異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

