体験価値と「時間消費」志向
〜モノからコトへ、そして“過ごす価値”への転換〜
2025年12月22日
国内流通トピックス
■業種・業態:飲食店
■キーワード:体験価値/時間消費/時間価値/社会的価値
近年、消費者の購買行動において「体験価値」や「時間消費」への志向が強まっています。これは、単なるモノの所有から、コトの体験、さらには時間の過ごし方そのものに価値を見出すという、消費の質的転換を意味します。本稿では、こうした消費者心理の変化と流通業界の対応策について整理していきます。
体験価値の定義と背景
体験価値とは、商品やサービスを通じて得られる感情的・心理的な満足感を指します。従来の「機能価値(性能や品質)」や「価格価値(安さ)」に加え、消費者は「記憶に残る体験」「共感できるストーリー」を求めるようになっています。
消費者庁が公表している「消費者志向自主宣言のすすめ(令和7年度版)」にも、事業者が消費者とWin-Winの関係になるために共有すべき価値として、商品やサービスに加えて「体験」が明記されています。
モノ消費からコト消費へ
総務省の「家計調査(二人以上の世帯)」によれば、外食や教養娯楽サービスの中でも宿泊料・パック旅行費などレジャーにあたるものの支出が増加傾向にあり、2024年はいずれも消費支出計の前年比を上回りました。
外食、宿泊料・パック旅行費および消費支出計の前年比比較(2024年)
これは「体験を楽しむ」消費が拡大していることを示唆しています。このような消費行動の変化は、特に若年層や都市部の単身世帯に顕著であり、商品そのものを所有する「モノ消費」よりも体験やサービスを通じて得られる「コト消費」に価値を見出す傾向が強まっています。
「時間消費」志向の台頭
「時間消費」とは、消費者が商品やサービスを通じて時間を過ごすこと自体に価値を見出す行動様式です。従来の「モノ消費」から「コト消費」への移行に続き、さらに進化した形が「時間消費」と言えるでしょう。「時間消費」では、単なる効率性や利便性を求める消費とは異なり、「ゆっくり楽しむ」「没入する」「体験を共有する」といった行動を通じて限られた時間をいかに充実させるかを重視する傾向があります。
観光庁が推進する「体験型観光」では、地域文化や自然とのふれあいを通じた体験が重視されており、「インバウンド向け体験型観光サービス実践ナビブック」の無料公開など、インバウンド需要にも対応した施策が展開されています。
時間価値の再定義
従来の時間価値は、「効率性」や「時短」に重点が置かれていました。しかし、近年は時間を「節約する」だけでなく、「豊かに使う」ことに価値を見出すようになっています。これは、働き方改革や余暇時間の増加、そしてSNSによる体験共有文化の浸透が背景にあります。
文化庁が2025年1月に公表した「文化芸術関連データ集」に記載のライブ・エンターテイメント市場規模の将来推計についても、2023年から2030年の年平均伸長率を1.5%と予測しており、今後も消費者が「過ごす時間」に対して積極的な投資を行っていく将来像を示しています。
ライブ・エンターテイメント市場規模の将来予測
消費者心理の変化と背景要因
1.情報過多による選択疲れ
現代の消費者は、インターネットやSNSの普及によって膨大な情報に囲まれています。商品やサービスに関する情報が氾濫する中で、選択肢が多すぎることが逆に負担となり、「選ぶこと」に疲れを感じる現象が広がっています。このような状況では、消費者は単なるモノ選びよりも、どのような時間を過ごすか、どんな体験をするかに価値を求める傾向が強まります。
2.SNSによる体験共有文化
SNSの普及は、消費者心理に大きな影響を与えています。InstagramやTikTokなどのプラットフォームでは、体験を共有することが消費の動機となり、「映える体験」が購買行動を促進する要因になっています。消費者は、購入したモノよりも、体験そのものを写真や動画で共有し、他者からの共感や評価を得ることに価値を感じています。この文化は、体験価値の重要性をさらに高め、企業にとっては「共有されやすい体験」を設計することが競争力の源泉となっています。
3.働き方改革と余暇時間の増加
働き方改革やテレワークの普及により、消費者の生活に余暇時間が増えています。総務省の労働力調査によると、平均週間労働時間は2000年の42.7時間から2024年には36.3時間と約15%減少しています。
平均週間労働時間の推移(15歳以上)
この変化は、余暇を充実させるための体験型消費を後押しし、旅行やレジャー、趣味への支出が増加する要因となっています。消費者は、単なる効率性ではなく、時間を豊かに使うことに価値を見出すようになっています。
4.サステナビリティ意識の高まり
環境問題や社会課題への関心が高まる中で、消費者は「意味ある消費」を求めるようになっています。この傾向は、体験価値にも反映され、エシカルな体験や地域貢献型のサービスが支持される背景となっています。
5.経済・社会構造の変化
少子高齢化や都市集中、単身世帯の増加といった社会構造の変化も、消費者心理に影響を与えています。これらの変化によるライフスタイルの多様化にともない、消費者は効率性よりも充実性を求めるようになり、自分らしい時間の過ごし方や体験に価値を見出す傾向が強まっています。
流通業界への示唆と対応戦略
1.体験設計の強化
従来の「商品を売る」から「体験を提供する」へと発想を転換する必要があります。消費者は、単なるモノの購入ではなく、記憶に残る体験や感情的な満足を求めています。
<対応策>
- 店舗でのワークショップやイベント開催
- 商品にストーリー性を付加し、ブランドの世界観を体験できる空間を設計
2.時間価値の提供
消費者は「時間を節約する」だけでなく、「時間を豊かに使う」ことに価値を見出しています。流通業界は、買い物時間を楽しい体験に変える工夫が求められます。
<対応策>
- 滞在型店舗の設計(カフェ併設、コミュニティスペース)
- 店舗内での学びや交流の場の提供
3.デジタル活用とOMO戦略
オンラインとオフラインを融合させる「OMO(Online Merges with Offline)」戦略が不可欠です。消費者は、事前にオンラインで情報を得て、店舗で体験するという行動を取ります。
<対応策>
- アプリでのパーソナライズ提案(過去購入履歴や嗜好に基づくレコメンド)
- 店舗体験をSNSで共有できる仕組み(フォトスポット、ハッシュタグキャンペーン)
4.顧客との共創
消費者は、企業と一緒に価値を創り出すことに魅力を感じています。共創型マーケティングは、ブランドロイヤルティを高める有効な手段です。
<対応策>
- 商品開発に顧客の意見を反映(クラウドファンディング型商品企画)
- 地域コミュニティとの連携イベント(地元食材を使った料理教室など)
5.サステナビリティと社会的価値の訴求
消費者は、環境配慮や社会貢献を重視する傾向が強まっています。企業は、体験価値にサステナビリティを組み込むことで、ブランド価値を高めることができます。
<対応策>
- エシカルな体験(リサイクルワークショップ、地域貢献型イベント)
- 環境配慮型の店舗設計(省エネ設備、プラスチック削減)
このように、消費者は、今や「モノ」ではなく「体験」や「時間の過ごし方」に価値を見出しています。この変化は一過性のトレンドではなく、社会構造やライフスタイルの変化に根ざした持続的な流れです。流通業界は、体験価値を提供し、時間消費志向に応える戦略を構築することで、価格競争から価値競争へとシフトし、持続可能な成長を実現することが求められています。
DXの活用、地域性の強化、サステナビリティへの対応は、その鍵となるでしょう。
(文)田中イノベーション経営研究所
中小企業診断士 田中勇司
発行・編集文責:株式会社アール・アイ・シー
代表取締役 毛利英昭
※当記事は2025年11月時点のものです。
時間の経過などによって内容が異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

