近年、企業の競争力強化やイノベーション推進の手段として、コーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)の設立が活性化しています。しかし、CVCを効果的に運営し、持続的な成果を上げるのは容易ではありません。国内最大のCVCコミュニティを運営するFIRST CVCの調査では、日本のCVCが直面している課題として「KPI設定の難しさ」「事業部との関係性」「意思決定プロセス」「目的・目標設定の課題」などが挙がっており、CVC活動の継続的な発展に向けて各企業が試行錯誤していることがうかがえます。
東芝テックも2019年にCVCを立ち上げ、試行錯誤しながら事業部との共創や新規事業創出に取り組んでいる企業の1つ。
当社が「グローバルトップのソリューションパートナー(GTSP)になる」という目標を掲げる中で、東芝テックがスタートアップ連携やオープンイノベーションを推進する理由は何なのか。そして、CVCは組織としてどのような役割を持ち、立ち上げから5年間でどのような変化があったのか。
今回、東芝テック株式会社 代表取締役社長 錦織弘信氏とCVC室長 鳥井敦氏に話を聞きました。
錦織流通小売業界では廃棄ロスの問題、慢性的な人手不足、環境問題など、様々な課題があります。私たちはそういった社会課題の解決に貢献できる会社でありたい。そのために世界の流通イノベーションにおいて中心的役割を果たす「グローバルトップのソリューションパートナー(GTSP)」を目指すことを掲げました。
最初にGTSPを掲げたのは、2020年のこと。これは、2030年を見据えた長期ビジョンとして打ち出しました。ただし、簡単に達成できるものではありません。試行錯誤や失敗を重ねながら、一歩ずつ前進していくしかないのです。
では、私たちの提供すべき価値は何か?どうやって解決するのか?その手段として、データプラットフォームを作ることがカギになると考えています。具体的には「ELERAⓇ」というグローバルリテールプラットフォームを活用し、あらゆるデータをそこに集めて課題解決につながるソリューションを創出することを目指しています。
GTSPを掲げ始めた頃は「データは誰のものなのか?簡単に渡すべきではない」という世界でした。当社の社員も「GTSPとは何なのか?」となかなか自分事にはなりません。しかし、今は企業や業種の垣根を超えて、あらゆるデータがつながる時代。
当社には国内のPOS市場で約50%のシェアを持っているという顧客基盤があり、経営理念に「ともにつくる、つぎをつくる。」=“共創”という考えがあります。ですから、プラットフォームを活用しAPIでサービスとデータをつなぎ、データの質と量を向上させることで、お客様と一緒に課題を解決していくことが重要なのです。
ー スタートアップとの連携に期待すること
錦織社会課題解決は当社が保有するデータだけでの実現は難しく、物流、決済、広告やメーカー企業といった異業種のデータともつなげていく必要があります。
今、世の中は驚くべき速さで変化しています。東芝テックという会社の価値観と対応力だけでは、このとてつもない世界で何もできない。だからこそ外部の方々と連携して共創することが大切と考えており、同じ業界や異業種の方々だけではなくイノベーティブな世界の中で、目利き力、スピード感、とがった能力、そして情熱を持っているスタートアップとの連携に期待しているのです。
鳥井当社にはPOSシステムなど既存事業におけるスペシャリストは多くいても、異なる事業領域や業界までカバーできるわけではありません。
その点、スタートアップはターゲットとする事業領域に最適な人材・組織を構築し、さらにトライアンドエラーを繰り返しながらスピード感をもって独自の技術やアイデアでイノベーションを起こそうとしています。
そういう存在だからこそイノベーションパートナーとして欠かせないのだと思います。
錦織当社の大きな強みの一つは営業力です。POSシステムを売って終わりではなく、顧客に寄り添って築いてきた信頼関係があります。これからも、何か困ったことがあればまずは「東芝テックに相談しよう」と私たちに相談いただけるようにしたい。
そのためには提案力が求められますが、自分たちにできることは限られますから、課題を解決するためには、業界の垣根を超えた様々な方々と一緒に作り上げていく必要があります。
仮に自社だけで新たな領域の技術やプロダクトを開発しようとすれば、莫大な資金と人材が必要になります。だからこそ、CVCを通じてスタートアップに投資し、彼らの専門性を活かしながら共創する。それが未来の事業につながると考えています。
ー コミュニケーションで重要なことは
錦織ビジネスの基本は、人間関係。長続きできるかどうかはお互いにリスペクトとトラストがあるかどうかだと思っています。スタートアップの方々も苦労していると思いますし、実際はうまくいくことばかりではありませんが、そこで本音を共有し議論を重ねるから、より良い方向に変えていくことができるのです。そのようなコミュニケーションをスタートアップの方々とも続けていきたいですね。
鳥井投資するときも“人/チーム”はすごく重要視しています。経営チームがどういう経験を持たれているのかもそうですが、事業を進めていると良い時もあれば苦しい時もあります。どんな状況においてもごまかさず信頼関係を築けるかはとても大事ですね。そういうパートナーだからこそ、顧客の本質的な課題解決を一緒に提案できるのだと思います。
また、スタートアップは未知の市場に挑戦しているからこそ、失敗も多い。しかし、失敗を恐れずに前進し、新たな気づきや事業の解像度が高まっていく中で、当初の計画を見直し、時にはPivot(事業方針の変更)しながらビジネスを成功に導いていくものです。そのことをCVCおよび事業会社側が理解し向き合うことも大事だと思っています。
錦織今年もUSの展示会へ行ってきましたが、訪れるたびに新たな変化を感じます。今年は特に生成AIの浸透(AI エージェント)を強く実感しました。「ブームではなく、もう技術として世の中に定着したな」と。この著しい変化に対して、企業単独の力や人の力だけではとても対応しきれません。生成AIを活用し、エコシステムの中でつながりながら、新しい価値を生み出す必要があります。
現代は不確実性の時代と言われていますよね。課題は明確でも、その解決策はまだ誰も知らない。だからこそ、「データを科学する」ことが非常に大切です。そのためにはデータの質と量をもっと高めていかないといけないですし、流通小売業界のデータだけではなく他業種のデータともつなげていかないといけない。それを生成AIによって加速させることができる時代になった。もっといえば、生成AIを使えないシステム、ビジネス活動では淘汰されるところまで来ていると思っています。
こうした背景もあって、当社は2024年10月に、「バリューチェーンの全領域でデータの繋がった世界を目指す」というコンセプトのもと、ジャイナミクスという新会社を設立しました。生成AIを活用してデータの欠損や不足を補い、より質の高い情報を生み出すことでデータドリブンな意思決定を支援し、DXビジネスを加速させることを目指しています。従来のビジネスの枠を超え、新たな形で価値を提供するためには、単なる専門部署ではなく、新しい会社を立ち上げる必要があると考えました。
ー 東芝テックにおけるCVCの役割とは?
錦織データはすべてつながるものであり、そのアプローチ方法が異なるだけです。CVCへの期待は専門領域でのとがった知識・ノウハウで、アジャイルに新たな技術や市場を開拓する役割に。一方、ジャイナミクスのような新会社は、会社のシステムを刷新したり専門人材を迎え入れたりしつつも、社内のリソースを最大限に活かして新たな価値を生み出す場です。どちらのアプローチも重要であり、両者は補完関係にあります。
鳥井これまでに20社以上の国内外スタートアップに投資、複数社のベンチャーキャピタルとの連携も進めてきました。スタートアップの成長フェーズも様々で、創業間もないやっとプロダクトができたようなフェーズのスタートアップから、すでに事業が軌道に乗っているスタートアップまで、いろんなフェーズの企業にいろんな形で参加させていただき、チームとしての実績も積み上がってきているように感じます。
投資先との協業や成長支援の仕組みづくりにおいても、社内の各ステークホルダーは立場や考え方、価値基準が異なるため、試行錯誤を重ねながら同じ目線で話し合える関係づくりを地道に構築してきていると思います。
例えば、最前線でお客様と接している部隊とスタートアップ支援を推進しているCVC室のメンバーが直接コミュニケーションをとり、結果として全国で行われている東芝テックの支社展示会にスタートアップがブースを出せるようになったり、「スタートアップと自社のサービスを掛け合わせるともっと良いものができるんじゃないか」という機運の中で商品企画開発部門と共同研究プロジェクトを立ち上げたり、海外のスタートアップを日本に展開する方法を一緒に考えたりと、この5年間で取り組みが非常に多角的になってきています。
ー 社外の反応や変化とは?
鳥井投資したスタートアップの中には、新規リードの多くが東芝テックからの紹介案件になったことなどもあり、他の株主から「東芝テックとどういった取り組みをしているのか?」といったような質問をいただくこともありました。株主には事業会社さんやVCさんもいらっしゃるので、多少なりにも我々の活動をご評価いただき、良い案件のご紹介などにつながっているように感じます。他にも、同じ思いのあるCVCの方々とイベントを共催させてもらったり、いろんな形でネットワークが広がってきているのは間違いありません。そのような取り組みを通じてお互いの信頼関係を築けるようになってきているのではないでしょうか。
ー 社内に生まれた変化とは?
鳥井大きく2つの変化が生まれたと思っています。1つはCVCが中長期の戦略として投資するため、出資時は「本当にそのテーマは可能性があるのか?」「大丈夫なのか?」という反応をされることがよくありました。それが、2〜3年経って時代のトレンドと合ってきたり、スタートアップが成長してきたことによって、事業部にとっても「面白いテーマが育ってきた」と興味を持ってもらえるようになったことです。
もう1つの変化として、失敗もたくさん経験する中で、そこについてもCVCという活動の理解が深まることで、お互いに信頼関係が構築され、事業部とCVCの連携モデルが少しずつ出来つつあるように感じています。
とはいえ、CVCが日々触れている知見や情報を社内にもっと還流する取り組みや、共創により新規事業を作るという意味ではCVCの投資先というだけではなく他の会社も入れた組み方など、いろいろなスキームも考えられると思うので、今後まだまだ発展させていきたいという思いがあります。
ー 近年の共創事例について
鳥井最近のトピックとしては、国内の生成AI関連企業と共同研究を進めており、一例として飲食業界向け接客AIのトライアルに取り組んでいます。
オープンな対話型AIエンジンだけでは、実際にAIが接客を行なうことはできません。小売企業が保有しているマニュアルやメニューデータなどの専門知識を再学習させるだけでなく、業務システムと連携して注文登録できるなどフィジカルな業務レベルで活用できる水準に上げていくためには、接客の会話エンジンだけでなく自社で持つ既存のアセットとの連携なども必要になります。
接客のための会話エンジンにおいても、単に今ある接客マニュアルやメニューなどを学習させるだけではデータが足りないと思っており、より精度を高めていくためにどういうデータをどのように取得し、学習させることで精度が向上し、グローバルにも対応できるようになるのか?飲食店の店員さんの役割をAIが代替できる世界が描けるのか?といった取り組みなどもしています。
また、スタートアップとPoCを経て、すでに実際の店舗での導入が始まりつつある取り組みも出てきていますね。
ー CVCにはどんなポテンシャルがあると感じているのか?
錦織大前提として、CVCは投資回収を意識しないとならないものの、中長期的視点で見る必要があると思っています。ただそれ以外にもCVCは単なる投資活動にはとどまらないポテンシャルがあります。例えば、スタートアップと関わることで、社内のメンバーが新しいアイデアや働き方に刺激を受け、「今の仕事の仕方はこれでいいのだろうか?」「もっとアジャイルにスピード感を持たなければだめなのではないか?」と気づくきっかけにもなっています。それは非常に価値のあることだと考えています。
社内では、当初CVC活動に対する興味はそこまでなかったと思います。「うまくいくのかな?」という様子見の雰囲気もありました。でも最近は、ウェブでの情報発信を見てくれるようになったり、社員から「ここまでやっているとは知りませんでした」とメールをもらったりと、関心が高まっていると感じています。刺激を与えてもらって、かつ自分たちの事業にシナジーが生み出せればこんなに良いことはないですよね。
鳥井CVCを立ち上げて5年が経ち、社内でも今まで出資した企業からの投資回収も意識していきながら、世の中の流れも常に変わり続けている中でこれまでのテーマに固執することなく、新しい領域へと積極的に踏み込んでいかなければなりません。
そのため、今後はより複雑なオペレーションも求められるようになると思っています。確実に結果を出しながらも、CVCのポテンシャルを最大限に広げるべく、型にはまりすぎず柔軟にチャレンジできるようなチームにしていきたい。怖がらずに、新たな成長の機会を掴んでいけるようなCVCにしていきたいですね。
錦織スタートアップの方々と話をすると熱量が伝わってきます。「こういう未来を実現したい」「一緒に挑戦しませんか?」と目を輝かせながら語る姿に、私自身も「変わらなければいけないのではないか」と考えさせられることが多いですし、エネルギーをもらえるんです。
だから私は、CVCの一番の魅力は「スピード感と共に刺激と気づきを常に与えてくれること」だと考えています。長年築いた会社のカルチャーは簡単に変えられないですし、仕事のやり方は変えないのが一番楽ですが、DXはチェンジとクリエイティブですから、残すべきところは残して、変えなければならないところは新しくクリエイトしていくべきだと考えています。
もちろん、投資をする以上は数字の側面も重要ですが、それだけではない。彼らとの交流を通じて得られるものをもっと社員にも共有していきたいし、それを今後も続けていきたいと思っています。
アンテナの高い人たちから学んでいくことが重要だと思うので、CVC を起点にそのようなコミュニケーションを活性化させていきたいです。
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