DXの目的はデジタル化ではない。生産現場のムダをなくす、経営者のためのDX戦略

2025年11月27日

コラム

■業種・業態:製造業  
■キーワード:RFID/製造業DX/デジタル化

この記事のポイント

製造業DXは、IoTやAIなどのデジタル技術を活用して製造プロセス全体を変革し、新たな価値を創出する取り組みです。単なるデジタル化とは異なり、データドリブンな意思決定による業務変革が本質となります。日本の製造業では個別工程の改善に留まるケースが多いですが、先進企業では予知保全や需要予測で成果を上げています。導入にあたっては、経営層のビジョンと現場主体の運用体制の両立が成功の鍵を握ると言えます。

製造業DXは単なるデジタル化ではなく、データ活用による業務変革を指します。多くの企業が「DXをしてください」という経営層の指示に対して、DXをするとは?から調べ始めているのではないでしょうか。本記事では製造業DXの定義を現場目線で、スモールスタートで始められる実践的なアプローチをご紹介します。

製造業DXとは

製造業DXの概念図:デジタル技術とビジネスプロセスの融合を表すイラスト

製造業における「DX」とは?

月曜日の朝、製造部の田中部長は月例の経営会議から戻ってきた顔が青ざめていた。
「わが社もDXを推進する!」
社長の言葉が頭の中でリフレインする。正直なところ、田中には「DX」と「デジタル化」の違いすらよく分からなかった。

昼休み、田中が資料を前に頭を抱えているのを見て、情報システム部の山田が声をかけてきた。

「田中部長、DXの件で悩んでいますか?会議の後、皆さん困惑していましたから」
「ああ、山田さん。去年Excelで日報管理を始めたじゃないか。あれもDXだろう?」
山田は首を横に振った。

「それはただのデジタル化です。DXは違います」
彼はノートパソコンで他社事例を見せた。
「この会社、以前は機械の稼働状況を作業員が手書きで記録していました。今はIoTセンサーが全機械の動きを記録し、AIが『3日後にこの機械が故障する可能性70%』と予測しています」
田中の目が輝いた。

「つまり、故障前に部品交換ができる…」
「そうです。さらに『温度を0.5度上げると不良率が3%下がる』とか、職人の勘に頼っていたことがデータで証明される。経験と勘をデータドリブンな意思決定に変える ― それが製造業DXの本質です」

田中の中で何かがつながった。社長が求めていたのは、単なる効率化ではない。データを活用した、製造業の未来への挑戦だったのだ。

一般的なデジタル化との違い

田中部長と山田さんのやり取りが示すように、デジタル化とDXは根本的に異なります。デジタル化が「アナログからデジタルへの置き換え」を指すのに対し、DXは「デジタル技術による業務変革」を意味します。

製造業DXの現状と課題

国内製造業のDX推進状況

製造業の生産現場:作業員がデータ収集を行う従来型の工場ライン

DXを理解した上で、国内製造業の現状を見てみましょう。2024年版の「ものづくり白書」によれば、3割強から4割強の企業が「製造」、「生産管理」、「事務処理」及び「受注・発注・在庫の管理」などにおいて、すでに取り組んでいます。DXは製造業においても、一般的になりつつあると言えます。

デジタル人材不足と資金面の課題

DXを推進するためには、その役割を担う人材が不可欠です。しかし、DX推進人材を確保することは難しく、社内での育成も時間がかかるため、外部の専門家の力を借りるのが現実的と考えられます。
一方、資金面ではDXを推進するための人材への投資だけでなく、大規模なDXを実現するために、一度にすべての工程をシステム化するのは、企業にとって大きな負担となります。また、投資対効果が見えづらいため、投資を決断するのも難しくなります。

小さく始める課題解決

すべてを一度に変更するのではなく、特定の工程から小さく始める「スモールスタート」という選択肢もあります。具体的に、どのようなスモールスタートがあるでしょうか。
例えば、生産管理の一環として棚卸工程に着目すれば、100万円程度から導入可能なRFIDソリューションがあり、初期投資を抑えつつ効果を確認できます。
大切なのは、最も効果が見込める領域を見極め、そこから段階的に拡大していくことです。棚卸作業の効率化から始め、成果を確認してから製造工程、入荷や出荷などに展開する―こうした地道なアプローチが、製造業DXへの近道となります。

製造業DXのメリット

製造業DXの実践例:IoTセンサーとデータ分析により可視化された生産ラインの最適化

生産性向上と品質管理の高度化

製造業DXの最も直接的な効果は、生産性の大幅な向上です。例えば、IoTセンサーによるリアルタイムデータ収集により、設備稼働率の可視化が実現できると、これまで見過ごされていた短時間の停止や効率低下も把握でき、改善ポイントが明確になります。

品質管理においても、画像認識技術を活用した外観検査、例えば部品同士の隙間管理の自動化や、AIを活用して製造条件と品質データの相関分析をすることで、不良品の発生を未然に防ぐことができます。また、従来は熟練工の経験に頼っていた微細な異常も、データ分析によって早期発見が可能になります。

製造業DXの実践例

ここまでは製造業DXのメリットを確認してきました。ここからは製造業DXの実践例をご紹介します。

はじめに、在庫管理です。RFタグやバーコードを利用した棚卸の効率化に取り組むケースがあります。データを利用した在庫の精度向上や重複発注の防止といった効果が得られます。また、従来は丸一日かかっていた作業が数時間に短縮されることで、作業負担の軽減が可能です。その作業が過酷な環境下であった場合、身体的負担の軽減もできます。

次に、品質管理ですが、温度や湿度をセンサーで常時モニタリングし、そのデータをクラウドで管理する仕組みを導入する企業も出てきています。これにより、品質の一貫性やトレーサビリティを確保しやすくなり、取引先からの信頼向上や受注につながりやすいと考えます。

まずは、自社の現場に合った範囲から始めて、効果を見せることで社内の理解や協力を得やすくし、DXを次のステップに拡張していきましょう。

製造業DXを成功に導くポイント

DXを成功させるためには押さえるべきポイントが存在します。ここでは、製造業DXを成功へと導くための重要な要素を解説します。

経営層のビジョン共有とKPI設定

まず、製造業DXの成功には、経営層の明確なビジョンとコミットメントが欠かせません。「DXをする」という漠然とした指示では何も動きません。「3年後に生産性を30%向上させる」「在庫回転率を2倍にする」など、具体的なKPIが必要です。

ここで重要なことは、現場が理解しやすい指標でKPIを設定することです。例えば、設備稼働率、不良率、リードタイム、在庫回転率など、既存の管理指標をベースにKPIを設定すれば、全社での共有もスムーズに進行します。

現場主体の運用体制構築

もう一つの重要な要素は、現場の声を反映した仕組みづくりです。トップダウンでシステムを押し付けても、現場は動きません。課題や要望を丁寧にヒアリングし、現場の担当者が活用できる仕組みを構築することが重要です。

例えば、現場担当者をDXプロジェクトの中心メンバーに据え、システム設計段階から参画してもらう方法もあります。これにより現場の知見が反映されやすくなり、導入後の定着率は大幅に向上します。小さな成功体験の積み重ねが、現場の理解と協力を生み出していきます。最初は抵抗感を示していた現場も、効果を実感すれば積極的な推進者に変わっていきます。

製造業DXの導入方法と進め方

成功のポイントを理解したところで、実際にどのように製造業DXを始めればよいのでしょうか。ここでは、多くの企業で導入されているRFIDの活用を例に、具体的な導入方法と段階的な進め方を解説します。

RFID活用による製造業DX入門

RFIDは製造業DX入門に適している技術の一つです。バーコードと違い、RFタグに保存された情報を同時に読み取れるため、棚卸作業が大幅に効率化されるだけでなく、作業者が効果を実感し易いのがポイントです。リアルタイムでの在庫追跡により、欠品や過剰在庫のリスクも最小化することもできます。また、製造業でRFIDの活用をお薦めするのは、最上流の製造業でRFIDを活用することで、下流の物流工程でも使用を検討できることです。現場の抵抗感を下げ、スモールスタートするのに適した選択肢といえます。

DX成功への4ステップ

成功企業の事例を分析すると、次の4つのステップが効果的と考えます。

第1段階:現状分析と課題の明確化
まず、どの工程にボトルネックがあるか、どのデータが活用されていないかを洗い出します。前章で述べた「現場の声」を聞くのもこの段階です。

第2段階:小規模な実証実験の実施
最も効果が見込める領域で小規模な実証実験を行い、投資対効果を検証します。この段階の投資は小さくすることで、失敗のリスクを最小化できます。

第3段階:成功事例の横展開
実証実験で成功したら、その成果を他部門や工程に展開します。第2段階での学びを活かし、より効率的な導入を図ります。この段階で現場の理解と協力が広がっていきます。

第4段階:全社統合システムの構築
最終的には、各部門のデータを統合し、経営判断に活用できる仕組みを整備します。

まとめ| 千里の道も一歩から

製造業DXは、決して大企業だけのものではありません。冒頭の田中部長のように、多くの製造業の現場で「どこから始めればいいのか」という悩みを抱えている方が多いのではないでしょうか。大切なのは完璧を求めすぎず、まず一歩を踏み出すことです。スモールスタートで着実に成果を積み重ねることで、どんな規模の企業でも製造業DXに繋げていくことができます。

※当記事は2025年11月時点のものです。
時間の経過などによって内容が異なる場合があります。あらかじめご了承ください。