北米の声が、開発の起点になった
北米市場を中心に東芝テックの複合機やコピー機を展開している米国子会社TABS。近年、同社では複合機の販売だけではなく、お客様の業務そのものを支援するソリューションへの需要の高まりを感じていました。これまでは他社のサービスを組み合わせることでそのニーズに応えていましたが、以前から「自社ならではの価値を提供できるサービスを持ちたい」という思いを抱いていたといいます。
一方、日本の開発部署でも、長年新たな事業軸を模索していました。そんな中、海外現地法人の幹部が一堂に会するグローバル会議の場で、オフィスワークフローオートメーション領域への進出構想について一致します。販売網と市場の声を持つTABSと、日本の開発チーム。その方向性が重なったことで、ESW開発は動き始めました。
この背景には、当社が進めている事業構造の転換があります。当時の東芝テックでは、従来の複合機を中心としたビジネスから、お客様の業務そのものを支援する「オフィスソリューション」への転換を進めていました。ワークフロー領域の強化も、その重要なテーマの一つとなっていました。ESWは、その転換を象徴する取り組みでもあったのです。
海外現地法人のニーズを起点に、日本で開発を進めるプロジェクト──。それだけでも当社のワークプレイス事業にとっては前例のない挑戦でした。
こうして2023年初頭に始まったESWの開発プロジェクト。佐々木氏が参画したのは、プロトタイプから本格的な製品化へ移るタイミングの2023年末でした。実はその時点で、佐々木氏のクラウドサービスの開発経験はほとんどゼロ。
「もちろん不安もありました。しかし、世間一般のサービスの動きを観察していると、これまでの経験を生かせば、ある程度自分にも対応できるという感触があったんです」と、当時を振り返ります。
「開発は一人で行うものではありません。チームにはクラウドサービスの開発経験者もいましたし、それぞれの得意領域を生かすことができれば、十分挑戦できる土台があると感じました。何よりも、エンドユーザーが直接使うクラウドサービスの開発は、当社がこれまで手がけてこなかった領域です。新しいビジネスを自分たちで形にできるその点に大きなやりがいがありましたね」
開発において大切なのは、「作りたいもの」ではなく「求められるもの」を作ること
世の中の開発者の中には、独自のアイデアや技術にこだわりを持っている人もいます。しかし佐々木氏は、自分の技術が人の役に立つことこそに意義があると考えているといいます。
「市場が求めるものを作ることが、開発の正解。ただ、そのためには本当に市場の声を捉えられていることが前提です」
そう考える佐々木氏にとっても、ESW開発の当初は迷いがありました。
「本当に売れるのか」
それが、率直な疑問だったといいます。当初、要望の背景や意図を十分に理解できているという確信を持つことはできませんでした。現地の販売前線を知らなかったこともあり、どこか手探りの状態だったのです。
「自分たちが作ろうとしているものは、本当に市場で求められているものなのだろうか──」信頼関係がまだ十分ではない中、佐々木氏の疑問は不安へと変わっていきました。
そんな状況を変えたのが、現地アメリカへの出張でした。
「現地では、既に他社サービスを組み合わせてオフィスワークフローオートメーションを実現しており、お客様の課題を的確に捉え、解決する高い能力と実績を持っていることが印象的でした」その姿を見て、佐々木氏の考えは変わりました。
「そのうえで、そのチームから『ESWのようなクラウドサービスが自社に欲しい』という声を得られたことは、大きな自信につながりました」
市場とともに正解を探す
しかし、市場のニーズが見えたからといって、開発が順調に進んだわけではありません。本当の挑戦は、ここからでした。日本の開発チームとTABSが密に連携する中で、特に違いを感じたのは、アメリカ側の意思決定のスピードです。
「日本だと、一度決めたことはできるだけ守ろうとします。でもアメリカは、違うと思ったらすぐに変える。実際、課金体系の設計では、一度決定した方針が数カ月後に変更され、さらに元の案に戻るということもありました。『この前そう言ったじゃないですか』と言いたくなることも何度もありましたね(笑)」
ただ不思議なことに、最終的には、その方が実態に合った仕様になっていったといいます。
「一度決めたことに固執しないんですよね。お客様が本当に必要としていることを探そうとしている。だからこのやりとりは、『正解を作る』のではなく、『正解を一緒に探す』という感覚になりました」
また、今回のプロジェクトはクラウドサービスの開発ということもあり、従来の複合機開発とは異なる開発スタイルが採用されました。
「作ったものが使われないことほど意味のないことはありません。だからこそ、まずリリースし、市場の反応を見ながら改善を重ねる開発手法を採用しました。クラウドサービスはリリース後も柔軟に改善できます。その方がお客様にとって、価値のあるものになると考えています」
複合機の開発では、リリースまでに1〜2年かかることもあります。お客様に「これが欲しい」と言われても、完成した頃には状況が変わっていることも少なくありません。一方、ESWの開発は市場の声を聞きながら機能をアップデートし、すぐに使ってもらうことができます。「欲しいと言われたものをタイムリーに届けられること」。それこそが、複合機とソリューションの開発の大きな違いでした。そして、その経験は開発手法だけでなく、ものづくりに対する考え方そのものを変えていくことになります。
ESW開発が残したもの
ESW開発を通じて得たものは、新しいサービスだけではありませんでした。市場の声を起点に価値をつくり、使われながら改善を重ねていく。その経験は、「作り込んでから届ける」から「市場とともに育てる」へ──東芝テックのものづくりにおいて、大きな転換点になったのです。
ESWの開発初期、佐々木氏の所属するワークプレイス・ソリューション事業部は、複合機を中心とした従来の事業から、お客様の業務課題を解決するソリューション事業への転換が求められていました。「開発部署としても、クラウド開発に適した新しい開発プロセスや基準を取り入れるなど、部署全体での取り組みがありました。部門全体に、変化が必要という意識があったからこそESWをリリースできたと思います」
また、今回のプロジェクトを通して、TABSとの関係性にも大きな変化がありました。
開発当初は市場との距離や経験不足もあり、相手の話に丁寧に耳を傾け、その意図を正確に理解することを徹底していきました。刻々と変わる先方のオーダーに柔軟に応え続けるだけではなく、時にはより良い手法も提案する。「そうしたやりとりの積み重ねが、信頼関係につながり、グローバルにおける国内開発の役割についても新しい可能性を感じました」と佐々木氏は振り返ります。
これまでは、国内で開発したものを海外展開したり、海外で生まれた製品を国内へ展開することが主流でした。しかし、今回のプロジェクトでは、海外法人と一緒に市場の声を聞きながら、日本の開発チームが主体的にサービスを開発することができたのです。
「海外の声を受けて開発するだけではなく、一緒にサービスを作っていく。そういう形でも、当社のものづくりの技術を示すことができ、十分にできるという手応えを感じました」
そして佐々木氏自身も、このプロジェクトを通じて考え方が変わったといいます。
「以前は、計画通りに進めることを重視していた部分もありました。でも今は、それよりも最終的にお客様のニーズを満たすものを届けることが大切だと考えるようになりました」
市場の声を起点に価値を生み出す。ESW開発は、新しいサービスの提供にとどまらず、東芝テックのものづくりそのものに変化をもたらしました。海外の仲間と対話を重ねながら、お客様にとっての正解を探し続ける──その経験は、これからのソリューション開発にも確実に生かされていきます。
「Elevate Sky® Workflow(ESW)」 東芝アメリカビジネスソリューション社(TABS)
https://business.toshiba.com/elevate-sky-workflow
※ Elevate Sky® Workflow(ESW)は、2026年8月現在、日本国内では提供していません。