人はもう商品を選んでいない? AIエージェントが塗り替える購買の常識

国内外流通トピックス

AIロボットが手助けが必要か聞いている画像

「比較して、選んで、買う」――購買の主役は長らく人でした。ところが現在、AIエージェントが検索・比較・最適化・購入までを代行し始め、主役交代が現実味を帯びています。本稿では、NRF(National Retail Federation:全米小売業協会)が主催する世界最大級の小売業界向けイベント「NRF2026: Retail's Big Show」の潮流を手掛かりに、流通とメーカーの競争軸がどう変わるかを整理します。

購買の主役交代は「突然の未来」ではない:EC×スマホ×AIの掛け算

女性がスマホを操作している画像

購買はすでに「デジタルのレール」に乗っている

AIエージェントの台頭は、商取引がすでにデジタル化され、購入行為が「仕組み」として回せる段階に到達していたことを前提にしています。経済産業省「令和6年度電子商取引に関する市場調査」によると、2024年の日本国内における物販系分野のBtoC-EC(消費者向け電子商取引)市場規模は、(図表1)。

<図表1>物販系分野の BtoC-EC 市場規模及び EC 化率の経年推移

棒線グラフの画像
出所:経済産業省「令和6年度電子商取引に関する市場調査」

重要なのは、単にEC市場が拡大したことではありません。注文決済配送返品ポイント付与といった購買の工程が分解され、標準化され、外部連携しやすくなったことを意味します。つまり、購買は人の手作業からシステム上のワークフローへ移り、次はそのワークフローを誰が実行するか――という段階に来ているのです。

入口がスマホに集約され、AIが介入しやすくなった

次に、購買の入口(情報探索)がスマホへ統一されたことも重要なポイントです。総務省「令和6年通信利用動向調査」によると、2024年におけるスマホ保有世帯の割合が9割(90.5%)を超え、個人の保有割合も年々増加して2024年には8割(80.5%)を超えるようになりました。

スマホ化が進むほど、購買前の行動(調べる・比較する・レビューを見る)は「手元の小さな画面での作業」になります。人はこの一連の行動によって、眼精疲労や情報疲労を感じやすくなり、“面倒な比較”を外部化したいという欲求が強まります。AIエージェントは、この面倒の外注欲求と相性が良いのです。

企業側でも生成AI利用が進み、「判断の外注」が一般化した

さらに見逃せないのは、企業側でも生成AIが「実務ツール」になりつつあることです。

総務省「令和7年版情報通信白書」によると、日本において生成AIを「積極的に活用する方針」、「活用する領域を限定して利用する方針」を定めている企業の比率は2024年度調査では49.7%となり、2023年度調査(42.7%)と比較して増加しています(図表2)。

<図表2>生成AIの活用方針策定状況(日本)

グラフの画像
出所:総務省「情報通信白書(令和7年版・令和6年版)」

企業の現場で「要約・比較・案の作成」といった意思決定補助がAIへ移るなら、消費者側でも「商品比較・候補抽出」がAIへ移るのは自然な流れです。つまり、購買の主役交代は「未来予測」ではなく、社会インフラの成熟によって現実化し始めた現象だといえます。

AIエージェントは何を変えるのか

男性と女性が向かい合って座って仕事をしている画像

AIエージェントが、流通業界に大きな影響を与えるであろうことは、漠然と理解できるかもしれませんが、消費者の購買行動にどのような影響を与えるのか整理します。

・AIエージェントは「検索の代替」ではなく「購買プロセスの代行」

従来のレコメンドやチャットは、候補を提示して終わりがちでした。一方、AIエージェントは目的を与えると、条件整理横断比較絞り込み取引実行までを連続して進めます。NRF2026でも、AIが単なる効率化を超え、顧客体験と業務の両面で実装が急速に進むという点が強調されています。

この変化が大きいのは、「検討」だけでなく「購入」までが同じ体験の中で完結するからです。購買行動は“サイトを訪れてカートへ入れる”という形式から、“会話の中で意思決定と発注が終わる”形式、いわゆる「エージェンテック・コマース(エージェント型コマース)」へ移り始めています。

・会話の中で「買う」が完了する

 NRF2026において象徴的だったのが、誕生日パーティーの計画を会話で進め、必要アイテムをリスト化し、予算に合わせて絞り込み、そのままチャット内で購入まで進める様子を紹介するというAIエージェントのデモでした。

 ここで重要なのは、消費者が“個別のECサイト回遊をしなくても成立することです。つまり、これまで企業が磨いてきた導線(トップカテゴリ商品詳細カート決済)よりも、AIが参照する商品データ、在庫、配送条件、返品規定の方が購買を左右します。その結果、「認知・発見」→「比較・検討」→「購入・決済」→「購入後体験」という従来の購買ファネルが破壊されることになります。

・「人は選ばない」ではなく、「選ぶ工程をAIに委ねる」

 では、人はもう自ら選ばなくなるのでしょうか。結論は“半分YES、半分NO”です。人が手放すのは、比較・確認・最短化といった工程の重さです。一方で「なぜそれを買うのか(価値観・信頼・意味づけ)」は残ります。

 つまりAI購買の理由を作るのではなく、購買の進め方を最適化します。購買の主役交代とは、感情の主体がAIになることではなく、工程の主体がAIへ移ることなのです。

AIに選ばれなければ商品は販売機会を失う

ロボットが買い物をしている画像

流通とメーカーはこれまで、リアルの棚(フェイス・定番・エンドなど)と、デジタルの棚(検索順位・広告・ランキング・レビューなど)を巡って戦ってきました。ところがAIエージェントが介在すると、その入口は「検索結果」より「AIの回答・推薦」に移ります。

この状況では、検索順位を上げる努力だけでは足りません。AIが理解・比較しやすい形で、商品や在庫や条件を提示できる企業が、上流で候補に入りやすくなります。

そして、AIが候補を絞り込む世界では、消費者が商品ページに到達する前に勝負がつきます。いわゆる見えない棚です。「候補に入らない商品は、消費者の目に触れない」という観点から、ここで失われるのは短期の売上というよりも検討集合(consideration set)に入る権利ということになります。

流通とメーカーの中には、「まだまだ先の話なのではないか」、「日本は米国よりもEC化率が低いから、影響は大きくないのではないか」という考えもあるかもしれません。ただし、前述したように、購買の主役交代は「突然の未来」ではありません。「見えない棚」への変化は、EC比率が急拡大している日本市場において大きな影響を及ぼすでしょう。

経済産業省「令和6年度電子商取引に関する市場調査」によると、物販・サービス・デジタル分野を含めたBtoC-EC全体の市場規模は26.1兆円規模まで育っており、そこではオンライン情報が購買の基礎データになるとともに、AIはそのデータを基に「候補の門番」として機能するようになります。

また、NRF2026では、AIエージェントの賢さだけではなく、エージェンテック・コマースを実現するための仕組みについても取り上げられていました。その中で、AIエージェントや各種アプリからECサイト・決済サービス・IDプロバイダなどを横断して利用できるようにする共通プロトコル(オープンスタンダード)として、Universal Commerce ProtocolUCP)の発表がありました。

 検索結果やチャット画面、ECサイト、ウォレット、決済事業者など、現在は個別に存在している世界をつなぎ、「認知・発見」→「比較・検討」→「購入・決済」→「購入後体験」までを一つの言語で表現できるようになると、購買の主役交代は一時的なブームではなく、構造転換となります。

 そして、AIエージェント時代は、クリック獲得競争だった従来のSEOから、AIエージェントの「回答に載る」、AIエージェントから「推薦される」競争へ移ります。

今後は、「GEO(生成エンジン最適化)」を販促の新常識として、「根拠が明確な訴求(数値、認証、比較条件)」、「誤認を避ける表現(要約されても意味が崩れない)」、「口コミが具体化されやすい導線(使用場面・頻度・不満点が書かれやすい質問設計)」といった設計が重要となってくるでしょう。

 人はもう商品を選んでいない――この挑発的な問いに対する答えは、「人は選ばなくなったのではなく、“選ぶ工程”をAIに委ね始めた」あらわれです。日本でもBtoC-EC全体の市場規模が26.1兆円まで育ち、さらにスマホが生活インフラとなり企業側でも生成AI利用が進む中、購買プロセスの主役交代は確実に進んでいくでしょう。そして、NRF2026において、米国はその未来が実装フェーズに入ったことを示しました。

この時代に勝つのは、値引きの強さや広告の派手さだけではありません。流通もメーカーも、「人に選ばれる」だけでなく「AIに選ばれる」ための基礎工事を、これから始めていく必要があります。

(文)田中イノベーション経営研究所
中小企業診断士 田中勇司
発行・編集文責:株式会社アール・アイ・シー
代表取締役 毛利英昭

  • 当記事は2026年5月時点のものです。
    時間の経過などによって内容が異なる場合があります。あらかじめご了承ください。

お問い合わせ・資料請求

Toshiba Tec Group Philosophy Creating with You ともにつくる、つぎをつくる