「データはあるのに意思決定できない」企業が増えている本当の理由

国内外流通トピックス

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「POSデータは毎日見ている」「売上速報もある」「在庫や粗利益も確認できる」。それにもかかわらず、会議では結論が出ない――。こうした声は、小売店や飲食店をはじめ、多くの中小企業で聞かれるようになっています。 原因はデータ不足ではありません。何を優先し、誰が判断し、どのように意思決定するのかというルールが曖昧なままだからです。本稿では、その背景にある構造と、明日から変えられる実務の考え方を整理します。

DX時代に問われる意思決定の仕組み

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かつて企業経営の課題は「情報不足」でした。何が売れているのか、どの部門が利益を出しているのか、在庫は適正なのかを把握すること自体が難しかったのです。しかし現在は違います。POS、販売管理システム、顧客管理システム、クラウドサービスの普及により、企業は大量のデータを保有しています。問題は、データがないことではなく、データを使って意思決定する仕組みが整っていないことにあります。

DXが進んでも成果が見えない理由もここにあリます。多くの企業はシステムを導入し、「データを見える化した」。しかし、情報が可視化されたからといって成果が生まれるわけではありません。売上を伸ばしたいのか、利益を改善したいのか、在庫を減らしたいのか。何を優先するのかが曖昧では、どれだけデータを集めても結論は出せません。

実際、小売業の現場では「売上は前年を上回ったが利益率は悪化した」「粗利益は改善したが客数は減少した」といった状況が見られるようです。同じ数字を見ても、売上重視の立場と利益重視の立場では判断が異なります。データは事実を示してくれますが、何を重視するかまでは決めてくれないのです。

「データはあるのに決められない」が増えている背景

中小企業でも、データを持つこと自体は珍しくなくなりました。販売管理システム、会計ソフト、受発注システム、顧客管理、EC、クラウドサービスなどを通じて、数字や履歴は以前よりはるかに蓄積しやすくなっています。

総務省「通信利用動向調査」によると、企業のクラウドサービス利用率はこの約10年で2倍近くに増加し、企業活動に不可欠な存在として浸透しつつあることが分かります。つまり、「データがないから判断できない」という時代ではなくなりつつあるのです(図表1)。

<図表1>クラウドサービスの利用状況の推移(「全社での利用」と「一部事業所または部門での利用」を合計)

クラウドサービスの利用状況の推移の図
出所:総務省「通信利用動向調査」を基に作成

しかし、データがあることと、データを使って意思決定できることは別問題です。独立行政法人情報処理推進機構の「DX動向 2025」では、日本企業はDXへの取組率そのものは一定程度進んでいる一方で、米国・ドイツに比べて「成果が出ている」と答える割合が低く、「わからない」と答える割合が高いことが示されています(図表23)。

日本企業では合意形成を重視する文化が根強く、データ分析の精度向上に比べ、意思決定のスピード向上への取組が遅れているとの指摘もあります。

<図表2DXの取組状況(経年比較・国別)

DXの取組状況(経年比較・国別)の図
出所:独立行政法人情報処理推進機構「DX動向 2025」

<図表3DXの取組成果(経年比較・国別)

DXの取組成果(経年比較・国別)の図
出所:独立行政法人情報処理推進機構「DX動向 2025」

また、DXの成果を把握するための指標を設定している企業の割合も、日本は米独に比べて低い水準にあります。これは、取組はしているが、何を成果と見なすかが曖昧なまま走っている企業が少なくないことを意味します。

中小企業に限って見ても、この傾向はより分かりやすく表れています。中小企業庁「2025年版中小企業白書」は、中小企業・小規模事業者のデジタル化が進みつつある一方で、まだ十分に取り組めていない企業が一定数存在するとしています(図表4)。

<図表4>デジタル化の取組段階

デジタル化の取組段階の図
出所:中小企業庁「2025年版中小企業白書」

さらに、デジタル化・DXを進める上での問題点として、いずれの取組段階でも「費用の負担が大きい」「DXを推進する人材が足りない」といった声が多く聞かれます。つまり中小企業では、データの有無以上に、それを使って意思決定までつなぐための人材・体制・仕組みが不足しているのです。

ここで重要なのは、中小企業の「決められない」は、単に分析力が不足しているから起きるのではない、という点です。むしろ現実には、数字は見えているのに、何を優先するか、誰が最終的に判断するか、どの会議で決めるかが曖昧であるために、判断が止まっているケースが多いのです。

また、経営者・管理職・現場が近すぎることも、中小企業でこの問題が深刻になりやすい理由です。本来なら、経営が優先順位を決め、管理職が基準を整え、現場が実務に落とすべきですが、中小企業ではこの役割が重なりやすく、判断が属人的になりやすい傾向があります。

『決められない会社』に共通する5つの特徴

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・目的が多すぎて、何を優先するか決まっていない

中小企業で最も多い問題は、「売上も伸ばしたい」「利益も確保したい」「在庫も減らしたい」「人手も増やせない」と、複数の課題を同時に追いかけてしまうことです。もちろんどれも重要ですが、全てを同時に最優先にすると、データは結論を出せません。

経済産業省の「デジタルガバナンス・コード3.0」は、DX戦略を経営ビジョン実現のための戦略そのものと位置づけ、経営者が積極的に関与することの重要性を明確にしています。つまり、何を優先するかを決めるのは、システムでも現場でもなく経営の役割なのです。

中小企業では、この優先順位づけが曖昧なまま「とりあえずデータを見よう」となりがちです。しかし、目的が曖昧なまま数字を増やすほど、会議では「売上は悪くないが利益が厳しい」「利益は出ているが在庫が増えている」と論点が増え、結論が先送りされます。データが悪いのではなく、データを読むためのものさしが決まっていないことが問題です。

・分析が「報告」で終わり、「決断」に結びついていない

中小企業では、数字をまとめる担当者が少ないため、資料ができるとそれ自体が仕事のゴールになりがちです。月次報告書や会議資料が整えば、「見える化した」と満足してしまう。しかし本来、データは報告のためではなく、次に何をするかを決めるためのものです。

経済産業省が策定した「DX推進指標」では、社内の認識共有だけでなく、「次に何をするべきか」の議論とアクションにつなげることを明確に目的にしています。つまり、分析結果が実際の行動に結びつかなければ、データ活用とは言えません。

中小企業の現場では、たとえば「前年同月比で売上が落ちている」と分かっても、その後に「では値引きを強めるのか」「粗利を守るのか」「商品構成を変えるのか」が決まらないことがあります。この状態では、分析はできていても、意思決定はできていません。報告と決定の間にある判断の型がないことが、決められなさの本質です。

・責任の所在が曖昧で、最後に誰も決めない

データを見ながら議論していると、「数字上はこう見える」「システム上はこうなっている」といった言い方が増えます。これは一見合理的ですが、裏を返せば「誰が決めるのか」が曖昧な状態でもあります。

「デジタルガバナンス・コード3.0」では、DX推進がIT部門ではなく、経営陣や取締役会の役割であると明記されています。これは、大企業だけでなく中小企業においても同様で、最終判断を誰が担うのかが明文化されていなければ、結局誰も決めないという事態が起こります。

特に中小企業では、「社長が最終判断するだろう」と周囲が思っている一方で、社長は「現場が分かっているはず」と考え、管理職は「数字上はどちらとも言える」と安全策を取りやすくなります。その結果、会議は開かれているのに、肝心の結論だけが出ないという状態になります。これは能力不足ではなく、責任設計の問題です。

・会議が「決める場」ではなく「共有する場」に偏っている

中小企業では、会議の数は大企業ほど多くなくても、1回の会議に多くの期待が込められがちです。業績確認、現場報告、問題共有、打ち手の議論、承認までを一度に行おうとするため、結果として何も決まらなくなるのです。「DX推進指標」が重視する“現状把握”“次のアクション”“進捗管理”は、本来、役割の異なるプロセスです。これを一つの会議で済ませようとすると、情報共有だけで時間を使い切ってしまいます。

中小企業に必要なのは、会議を増やすことではなく、会議の役割を分けることです。報告の場、例外判断の場、投資判断の場を分けるだけで、データの使い方は大きく変わります。判断を前に進める会議にするには、「この会議では何を決めるのか」を先に定める必要があります。

・人材不足で、意思決定の前処理が回らない

前章において、デジタル化・DXを進める上での問題点として「DXを推進する人材が足りない」と回答した企業の割合が高い傾向にあります。特に、中小企業では、意思決定の前に必要な「データ整理」「論点整理」「代替案づくり」といった前処理を担う人材が不足しがちです。

その結果、中小企業では大企業のように専門部署で前処理を担えないケースが多くなり、意思決定の準備不足そのものが決められないを生みだす状況に陥りやすくなります。

中小企業が陥りやすい「データ活用の勘違い」

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中小企業では、データ活用が進まない原因を「ツールや分析力の不足」と捉えがちですが、実際の問題はそこではありません。多くの場合、データの使い方そのものを誤解していることが、意思決定を止めています。

第一の勘違いは、「データを集めれば自然に正解が見える」という発想です。実際には、同じ数字を見ても、どこに注目するかで判断は変わります。売上が伸びていても利益が出ていないなら、それを成功と見るのか失敗と見るのかは、目的次第です。

「デジタルガバナンス・コード3.0」が“成果指標の設定・DX戦略の見直し”を柱の一つに置くのは、データそのものよりも、目的と成果の定義が先に必要だからです。

第二の勘違いは、「分析が細かいほど経営判断の精度が上がる」という発想です。もちろん、分析は重要です。しかし中小企業では、分析を細かくしすぎると、判断に必要な時間を超えてしまいます。人員が限られている以上、必要なのは完璧な分析ではなく、十分に判断できる分析です。中小企業では、精度を追うより、意思決定のスピードと再現性を重視すべきです。

第三の勘違いは、「データ活用は一部の詳しい人の仕事」という発想です。確かに専門家は必要ですが、中小企業で本当に重要なのは、データを読む技術者を増やすことよりも、経営者・管理職・現場が同じ数字を同じ意味で読めるようにすることです。データ活用とは、個人の高度な分析スキルではなく、組織として同じものさしで話せる状態をつくることでもあるのです。

そして第四の勘違いが、「中小企業にはそこまでの仕組み化は難しい」という諦めです。中小企業庁「2025年版中小企業白書」には、必要最小限の取組からDXを進め、生産性向上や職場環境改善を実現した事例が紹介されています。

つまり、大規模なシステム投資をしなくても、身の丈に合った仕組み化は可能だということです。重要なポイントは、最初から完璧を目指すことではなく、自社の意思決定がどこで止まっているかを特定し、そこを順番に改善することです。

中小企業のための実務提案――「決められる会社」に変える5つの打ち手

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・最優先の目的を一つ決める

最初にやるべきことは、経営として「今、何を最も重視するか」を一つ決めることです。売上、粗利、在庫、納期、資金繰り、人材定着など、課題は複数あって当然です。しかし、意思決定を前に進めるためには、最優先を一つに絞り、他は制約条件として扱う必要があります。

・会議を「報告」「判断」「振り返り」に分ける

中小企業の会議は、少ない回数で多くを済ませようとしがちです。しかし、これが決められなさの温床になります。会議を、状況共有の場、例外や重要案件を判断する場、結果を振り返る場、に分けるだけで、必要なデータの種類も、参加者も変わります。

・KPIを増やすのではなく、「決めるためのKPI」に絞る

中小企業ほど、指標を増やしすぎると管理できません。大切なのは、売上・利益・在庫・回収・生産性などの中から、その月に意思決定を左右する指標を絞ることです。先に触れましたが、日本企業は成果指標の設定率が低く、「成果がわからない」割合が高いという課題があります。中小企業ではなおさら、KPIを明確にしなければ、振り返りも改善も進みません。

・「前処理」を簡単にする

意思決定の前には、必ずデータ整備や論点整理が必要です。人材が限られる中小企業では、ここを重くしすぎると回りません。だからこそ、毎月ゼロから資料を作るのではなく、テンプレート化、定義の統一、入力の簡素化を進めるべきです。限られた人員で回すには、前処理の標準化こそが最も効果的な改善です。

・経営者が「最終判断のルール」を決める

最後に必要なのは、誰がどこまで決めるのかを明確にすることです。経営者がすべてを細かく決める必要はありませんが、どこまでは現場判断、どこからは管理職判断、どこからは経営判断かを決めておかなければ、結局現場は動けません



このように、データはあるのに意思決定できない企業が増えている本当の理由は、データ不足ではありません。特に中小企業では、何を優先するか、誰が決めるか、どの会議で決めるか、何を成果と見るかが曖昧なまま、デジタル化だけが先に進んでいることが問題です。

そして、中小企業に必要なのは、高度な分析ツールを増やすことではなく、決められる仕組みに仕事の進め方を変えることです。『経営が優先順位を定め、会議の役割を分け、KPIを絞り、前処理を標準化し、判断権限を明確にする』という基本を押さえることによって、データは初めて「報告の材料」から「意思決定の武器」に変わります。

中小企業にとって本当に重要なのは、データを増やすことではなく、データを使って決断し、行動につなげる経営の型を持つことこそが、これからの中小企業に求められる競争力だと考えることができます。

(文)田中イノベーション経営研究所
中小企業診断士 田中勇司
発行・編集文責:株式会社アール・アイ・シー
代表取締役 毛利英昭

  • 当記事は2026年6月時点のものです。
    時間の経過などによって内容が異なる場合があります。あらかじめご了承ください。
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