節約と贅沢の同居 メリハリ消費時代の売り方改革
国内外流通トピックス
物価高が続く今、消費者は安さだけを求めているわけではありません。日常の買い物ではしっかり節約する一方で、自分が価値を認めたものには惜しまずお金を使う「メリハリ消費」が広がっています。この二極化は、価格競争で苦しむ中小企業にとって、むしろチャンスです。本稿では、消費者の変化を読み解いた上で、顧客一人ひとりに合わせた商品・売場・販促へと売り方を変える具体策を分かりやすく解説します。
「メリハリ消費」の背景と節約と贅沢の共存
はじめに、消費者を取り巻く環境を確認します。最大の要因は、やはり物価の上昇です。
全国の世帯が購入する財やサービスの価格の平均的な変動を測る指標である総務省統計局の「消費者物価指数(CPI:Consumer Price Index)」によれば、2025年平均総合指数は2020年を100として111.9となり、前年比3.2%の上昇となりました。同じく、価格変動の大きい生鮮食品を除いた総合指数も111.2と前年比3.1%の上昇となりました(図表1)。
<図表1>消費者物価指数の推移(2020年=100)
物価上昇はこの数年続いており、家計にとっては「買い物のたびに値上がりを感じる」状況が定着しています。特に、毎日購入する食品や日用品では、わずかな値上げでも家計への負担が積み重なります。その結果、消費者は「必要なものを、より安く」という節約意識を強めています。
ここで重要なのは、消費者が「すべてを我慢している」わけではない点です。
内閣府の「消費動向調査」は、消費者の暮らし向きや収入の増え方、雇用環境、耐久消費財の買い時判断などをもとに「消費者態度指数」を毎月公表しています。この指数は、消費者マインドが景気や物価見通しによって変動することを示す基礎資料です。実際、消費者態度指数は月ごとに上下しており、消費者の気持ちが一様ではないことを示しています(図表2)。
<図表2>消費者態度指数の推移
つまり消費者は、「節約しなければ」という思いと、「価値あるものには使いたい」という思いを同時に抱えています。この二つの気持ちが同居しているのが、いまの消費者の大きな特徴です。具体的には、次のような行動が同じ消費者の中で共存します。
- 普段の食材は特売やPBで節約するが、週末はご褒美スイーツを買う
- 日用品は最安値を探すが、趣味や推し活には惜しまずお金を使う
- 普段は外食を控えるが、記念日には価格は高くても評判の良い店で食事をする
このように、一人の消費者の中で「節約」と「贅沢」が両立しているのです。
ここまで見てきた消費者の変化は、中小企業にとって不利なものではありません。むしろ、大手にはない強みを発揮できるチャンスです。その理由は、大手と中小企業では「戦い方」が異なるからです。
大手企業は、大量に生産して大量に売ることで利益を出します。そのため、どうしても「多くの人に受け入れられる、平均的な商品」が中心になります。価格を下げる力は強いものの、一人ひとりの細かいこだわりに合わせることは苦手です。
一方、中小企業は大量販売こそできませんが、特定の顧客や地域、こだわりに深く応える商品をつくることができます。「この地域だからこそ」「この店だからこそ」という価値を出せるのは、規模が小さいからこその強みです。そして、メリハリ消費の時代に消費者が財布を開くのは、まさにこの「特別な価値」がある商品です。安さでは大手にかなわなくても、価値の深さや顧客理解の細やかさでは、中小企業にも十分に勝機があります。
つまり、規模の大きさではなく「顧客をどれだけ深く理解し、価値を届けられるか」で選ばれる時代に入っているのです。
財布を開く領域と閉じる領域
メリハリ消費を理解するカギは、消費者が「何にお金を使い、何を節約するか」を、意識的に分けている点です。
一般的には、日常の食材や調味料、日用品、消耗品、そして惰性で続けていたサービスなどが、節約の対象になりやすいと言われています。逆に、自分の趣味や好きなこと、家族や大切な人との時間、健康や将来への投資、そして「自分へのご褒美」と感じられるものには、価値を感じてお金を使う傾向があるとされています。
つまり消費者は、「意味を感じにくい支出」を削り、「意味を感じる支出」に回しています。ここを理解することが、メリハリ消費対応の出発点になります。
ここで、中小企業が陥りやすい落とし穴があります。それは、「平均的な顧客」を想定してしまうことです。メリハリ消費の時代には、同じ店の同じ商品でも、「節約目的で買う人」と「価値を感じて買う人」が混在します。全体の平均値だけを見ていると、この二つの動きが打ち消し合い、実態が見えなくなります。
例えば、あるプレミアム商品が「そこそこ売れている」とします。しかし実際には、
- 毎週買う固定ファン層
- 給料日後だけ買うご褒美層
- ギフト時期だけ買う贈答層
という、性格の異なる複数の顧客層に支えられている場合があります。全体売上を眺めているだけでは、この構造は見えません。
したがって、これからの中小企業に必要なのは、「どれだけ売れたか」ではなく、「どんな顧客が、どんな理由で買ったのか」を把握することです。ここで有効になるのが、顧客を属性や購買行動で分ける「顧客セグメント」の発想です。
ID-POSが可能にする「誰が買ったか」の把握
顧客を理解する上で、大きな力を発揮するのがID-POSデータです。
まず、従来のPOSデータでわかるのは、「何が、いくつ、いくらで売れたか」という商品側の情報です。これは売上管理には役立ちますが、一つ大きな弱点があります。それは、「その商品を、誰が買ったのか」がまったくわからないことです。例えば、あるプレミアム商品が10個売れたとします。POSデータでわかるのはそこまでです。10人の別々のお客様が1個ずつ買ったのか、常連客が1人でまとめて買ったのかは、区別できません。
これに対して、会員カードやスマホアプリと結びついたID-POSデータは、購入した人の情報とレジデータを紐付けます。これにより、「どのお客様が、どの商品を、どのくらいの頻度で買っているか」まで見えるようになります。前述のプレミアム商品の例で言えば、ID-POSを使うと、
- 毎週欠かさず買っている固定ファン
- 給料日の後だけ買うご褒美目的の人
- お中元やお歳暮の時期だけ買う贈答目的の人
といった「買っている人の顔ぶれと理由の違い」が見えてきます。同じ「10個売れた商品」でも、支えている顧客はまったく違うのです。メリハリ消費のように、同じ商品でも「節約のために買う人」と「価値を感じて買う人」が入り混じる時代には、この「誰が、なぜ買ったのか」という情報が、これまで以上に重要になります。
そして、こうしたデータ活用は、もはや大企業だけのものではありません。総務省「情報通信白書」によれば、2025年時点で全社的な利用と一部の利用を合わせて83.5%の企業がクラウドサービスを利用しており、デジタルの仕組みは企業活動に欠かせない存在として広く浸透しています(図表3)。
<図表3>クラウドサービスの利用状況の推移
つまり、ID-POSやアプリを使った顧客データの活用は、一部の大企業だけの特別な取り組みではなく、中小企業にとっても十分に手が届く、現実的な選択肢になっているのです。
顧客セグメント別の売り方を考える
顧客セグメントというと難しく感じられますが、複雑な統計分析は必要ありません。まずは、次のような身近な切り口で十分です。
- 購入頻度(よく来る/たまに来る)
- 購入単価(高い/低い)
- 購入時期(平日/土日祝日、給料日前/後)
- 購入目的(日常用/ご褒美用/ギフト用)
これらの組み合わせで、顧客をいくつかのグループに分けます。例えば、「よく来て単価も高い優良顧客」「よく来るが単価は低い節約重視顧客」「たまに来るが単価が高いご褒美顧客」といった具合です。
この時に見極めたいのは、各グループにおいて「節約したい気持ちが強いのか、価値を求める気持ちが強いのか」という点です。メリハリ消費の二つの側面のうち、どちらが優勢な顧客層なのかを把握することが、売り方を変える出発点になります。
顧客を分けたら、次は販促をグループごとに最適化します。全員に同じチラシ・同じ値引きを配るのではなく、相手の気持ちに合わせて訴求を変えるのです。
- 節約志向の強い顧客には、まとめ買いや特売、PBの提案
- 価値志向の強い顧客には、限定商品や新商品、こだわり情報の発信
- 優良顧客には、感謝を示す特別なオファーや先行案内
- 来店が減ってきた顧客には、再来店を促すクーポン
ID-POSを活用すれば、こうした出し分けが可能になります。購買履歴に基づくクーポン配信やアプリ通知は、いまや大手だけでなく、地域スーパーや専門店でも導入が進んでいます。前章で触れたとおり、企業のデジタル基盤は広く普及しており、こうした取り組みの土台は整いつつあります。
重要なのは、「全員に同じ販促」から「相手に合わせた販促」へと発想を切り替えることです。同じ商品でも、節約層には「今だけお得」、価値層には「あなたにふさわしい特別な一品」というように、伝え方を変えるだけで反応は大きく変わります。
セグメント別の販促最適化には、もう一つ大きな利点があります。それは、販促費のムダを減らせることです。
物価高で仕入れコストが上がる中、やみくもな値引きは利益を圧迫します。このような状況で、全顧客に一律の値引きを続けることは、限られた利益をさらに削る行為になりかねません。ID-POSを使えば、「本当は値引きしなくても買ってくれる顧客」に無駄な値引きをしていないか、「値引きすれば戻ってくる顧客」を取り逃していないかが見えてきます。
限られた販促費を、最も効果の高い顧客に集中させる。これにより、利益を守りながら売上を伸ばすことが可能になります。メリハリ消費の時代には、企業側も「メリハリのある販促」へと転換することが求められているのです。
価値を伝える価格改定と品揃え
物価高の中で、値上げは避けられません。しかし、単に「値上げします」と伝えるだけでは、消費者も取引先も納得しません。
ここで、先に述べた顧客セグメントの視点が生きてきます。価値志向の顧客には「品質・こだわりの向上」を、節約志向の顧客には「容量違い・価格帯違いの選択肢」を提示するなど、相手に応じた伝え方をすることで、価格改定は「値上げ」ではなく「価値の再提案」になります。
価格を上げると同時に、次のような工夫を組み合わせると効果的です。
- 品質やサービスの向上を具体的に示す
- 保証やアフター対応を充実させる
- 商品の背景や開発ストーリーを改めて伝える
- 価格帯や容量の異なる選択肢を用意する
こうすることで、消費者は「値上げされた」ではなく、「価値が高まった」と受け止めやすくなります。
次に、品揃えの設計です。メリハリ消費に対応するには、「節約」と「贅沢」の両方の受け皿を用意することが有効です。
- 普段使い向けの手頃な定番商品
- 少し贅沢したいときのプレミアム商品
- 特別な日のためのギフト・限定商品
その上で、ID-POSで「どの顧客層がどの価格帯を選んでいるか」を確認し、品揃えと販促を継続的に調整します。ポイントは、価格帯をただ並べるのではなく、「どんな気持ちのときに選ぶ商品か」を明確にすることです。
消費者が「今日は節約したい」と思ったときにも、「今日はご褒美が欲しい」と思ったときにも応えられる。この両面の受け皿を持つ企業こそが、メリハリ消費の時代に選ばれ続けます。
実践にあたって、もう一つ大切な視点があります。それは、「すべての人に売ろうとしない」ことです。メリハリ消費の時代には、消費者の気持ちが「節約したい」と「価値を感じたい」の間で揺れています。だからこそ、自社の商品が「どんな気持ちのときに選ばれるのか」を明確にする必要があります。
- 忙しい平日の時短ニーズに応えるのか
- 週末の小さな贅沢に応えるのか
- 大切な人へのギフト需要に応えるのか
- 健康や将来への投資に応えるのか
対象とする「気持ち」を絞ることで、商品開発も売り方も明確になります。幅広く浅く売るより、特定のニーズに深く応える方が、価格競争を避けて選ばれやすくなります。中小企業にとって、この「絞る勇気」こそが、大手との違いを生み出す原動力になります。
メリハリ消費の時代は、価格競争に苦しむ中小企業にとって、むしろチャンスです。カギは、全体を平均で捉えず、「誰が、なぜ買うのか」を顧客ごとに理解することにあります。ID-POSを活用し、セグメント別に販促と価値提案を最適化すれば、利益を守りながら選ばれ続けられます。安さではなく価値で語る売り方への改革が、いまこそ求められています。
(文)田中イノベーション経営研究所
中小企業診断士 田中勇司
発行・編集文責:株式会社アール・アイ・シー
代表取締役 毛利英昭
- 当記事は2026年8月時点のものです。
時間の経過などによって内容が異なる場合があります。あらかじめご了承ください。