今後の東芝テックのものづくりを見据えた挑戦
店舗のチェックアウト業務を支えるPOSシステム。近年、その役割は大きく変わりつつあります。セルフレジや会員サービス、モバイルオーダー、データ活用など、小売業界を取り巻く環境が変化する中で、POSにはチェックアウト業務だけでなく、さまざまなサービスやシステムをつなぎ、店舗業務全体を支える基盤としての役割も求められるようになってきました。
長年にわたりさまざまな業態のお客様の現場を支えてきた東芝テックは今、そうした変化だけでなく、これから生まれる新たなニーズにも柔軟に対応できる新たなPOSプラットフォームの開発を進めています。
「POSは日々進化していますが、新しい時代に合わせて根本的に変えるタイミングに来ていました」。チームのマネジメントや機能の開発に携わってきた箕浦氏は、今回のプロジェクトを「単なる製品開発ではなく、将来のものづくりのあり方を見据えた挑戦でした」と語ります。
30年以上、POSシステム開発に携わってきた野寺氏は、POS端末上で動作する画面アプリケーションの開発を担当。プロジェクトの話を初めて聞いた時のことを、「正直、大変そうだと思いましたね」と笑いながら振り返ります。これまでのPOSは、業態ごと、お客様ごとに必要な機能を個々のシステムに組み込み、それぞれに最適化した形で提供するのが一般的でした。
しかし、決済方法の多様化など、チェックアウト業務を取り巻く環境が大きく変化する中、お客様ごとに機能を個別に作り込む従来の開発手法だけでは対応が難しくなっています。例えば、「アプリ会員向けのクーポン機能を追加したい」「新しい決済サービスに対応したい」といった場合、その都度システムを改修する必要があります。
そのため、今回の開発では、従来のように機能を一つのシステムに作り込むのではなく、必要な機能を独立したサービスとして組み合わせ、必要に応じて追加・改良できる「マイクロサービスアーキテクチャ」の考え方を取り入れました。これにより、新たな機能やサービスとの連携にも柔軟に対応できるPOSプラットフォームの実現を目指したのです。
野寺氏にとって、このプロジェクトにはもう一つ特別な意味がありました。
「30年以上POSシステム開発に携わってきましたが、これだけ先のことを考えながら開発する経験は多くありませんでした。自分が作って終わりではなく、次の世代がその上に機能を積み重ねていける。その土台を作れることに、大きな意義を感じました」
グローバルの次の標準を、日本の現場へ
では、その土台をどう実現するのか。そこで活用されたのが、米国子会社である東芝グローバルコマースソリューション社が開発したグローバルリテールプラットフォームでした。
東芝グローバルコマースソリューション社では、チェックアウトにとどまらず、店舗とオンラインを横断して小売業を支えるプラットフォームの開発が進められていました。その基盤を生かしながら、日本市場向けのPOSに求められる機能や使いやすさをどう実現するか。それも、このプロジェクトの大きなテーマの一つでした。
「私たちが目指したのは、一から新しいものを作ることではありません。グローバルプラットフォームの価値を受け継ぎながら、日本市場に最適な形へと磨き上げていくことでした」と、箕浦氏は語ります。
東芝グローバルコマースソリューション社がグローバルで培ってきた技術や知見と、東芝テックが日本のお客様と向き合う中で培ってきた、業務やPOSの使われ方への理解。その両方を結びつけ、日本市場に最適なPOSプラットフォームへと磨き上げていくことが、日本側の開発チームに求められた役割でした。
そこでまず取り組んだのは、グローバルリテールプラットフォームの設計思想と向き合うことでした。
「実際にシステムを動かしながら挙動を確認したり、AIなどの新しいツールも活用してソースコードを読み解いたり、グローバルの開発チームとも継続的に対話を重ねました。その作業こそが、日本市場向けの開発を支えるための基礎になりました」
設計思想への理解が進むにつれ、日本と北米で重視される業務や操作性の違いも見えてきました。
「このプラットフォームをベースに、日本市場に最適なユーザー体験をどう実現するかが重要でした」と野寺氏。今回は、POS端末やタブレット、スマートフォンといった多様なデバイスや、さまざまなブラウザ環境に対応できる新たな開発基盤を採用。しかし、野寺氏にとっては初めて扱う開発環境だったため、システムの理解と並行して習得を進めなければなりませんでした。
「最初は思うように使いこなせず苦労しました。画面を作っては動かし、うまくいかなければ原因を調べる。その繰り返しでした。でも試行錯誤を重ねるうちに理解も深まり、実現できることの幅も少しずつ広がっていきました。グローバルプラットフォームの強みを活かしながら、日本のPOSシステムに求められる使いやすさを実現する。その挑戦に終わりはありません。現在も商品企画担当者、デザイン部、開発担当者で議論を重ねながら、日本市場に適した操作性を追求しています」
共通化と個別最適のあいだで
POSシステムは長年にわたり、業態ごとの課題に向き合いながら発展してきました。そのため、グローバルリテールプラットフォームの考え方を生かし、業態ごとに発展してきたPOSを共通の土台に整理していくことは、簡単ではありませんでした。
野寺氏は語ります。「長年、量販店向けのPOS開発を担当してきましたが、それひとつだけでも巨大なシステムです。そして、それぞれのPOSには独自の歴史や考え方がある。だから全部の仕様をそのまま取り込もうとすると、どうしても合わない部分が出てきてしまうんです。
共通化だけでは、それぞれの業態で必要な機能が足りなくなってしまいます。でも、すべて取り込もうとすると複雑になりすぎる。だから、共通化した機能を土台としながら、業態ごとに必要な部分は個別に拡張できるようにする。マイクロサービスアーキテクチャの特長を活かし、そうした考え方で開発を進めました。共通化と個別最適、そのバランスをどう取るかは、今でも考え続けています」
グローバルリテールプラットフォームを活用しながら、日本市場に求められる機能や使いやすさを実現する。その共通化と個別最適の両立こそが、このプロジェクト最大の挑戦でした。
進化を、次の開発者へつなぐ
今回のプロジェクトは、野寺氏自身にも大きな変化をもたらしました。「今までは自分の担当部分だけやっていればよかったんです。でも今回は違いました。POS端末だけではなく、プラットフォーム全体の構造や将来の拡張性を考えなければならない。これまで以上に広い視野で考えることが求められました」
また箕浦氏は、開発に携わった海外の協力会社のメンバーとの関わりを通じて、コミュニケーションの取り方も変わったといいます。
「疑問点があればすぐ聞く。何を知りたいのか、何が課題なのかを整理して伝える。そうした当たり前のことを以前より意識するようになりました。現在もプロジェクトは続いているので、ますます連携を深めて、少しでも早くお客様に価値として届けられる形にしたいです」
完成までの道のりを聞くと、「まだ半分くらい」と二人は顔を見合わせます。
長期プロジェクトで重要となるのは、知見や技術の継承です。現在は、新しく参加したメンバーにシステムの仕組みを伝えるための資料づくりや、ナレッジ共有にも力を入れています。
「最初に作った人にしか分からない状態では、いつか進化に限界が来てしまいます」。野寺氏は続けます。「だからこそ、自分たちが作った基盤を使って、新しいメンバーが新しい機能を開発していく。その様子を見ると、このプロジェクトの意味を実感しますし、うれしいですね」
システム理解から始まった挑戦は、今、新しいメンバーへと受け継がれています。グローバルで培われた知見と日本の現場で培った経験を重ねながら、二人が築いているのは、これからのPOS開発を支える共通基盤です。その歩みは、今も続いています。