小売業における生成AI活用の方向性
2025年4月17日
国内流通トピックス
■業種・業態:小売業
■キーワード:生成AI/人手不足/マーケティング/卸売業

米国のO社が2022年11月に対話型生成AI(Artificial Intelligence)ツールのCGを公開したことを契機に世界では様々な業界で生成AIの活用が進んでいますが、日本の小売業における生成AI導入状況と問題点、活用に向けた方向性についてご紹介します。
国民・企業における生成AI利用状況

総務省が日本、米国、中国、ドイツ、英国の国民を対象に生成AIを含む“デジタルテクノロジー”の利用状況等のアンケート調査を実施したところ、生成AIを“使っている”(「過去使ったことがある」も含む)と回答した割合は日本で9.1%であり、中国(56.3%)、米国(46.3%)、英国(39.8%)、ドイツ(34.6%)と大きな開きがあります。
各国の生成AI利用経験

そして、企業を対象とした「業務における生成AIの活用状況」のヒアリング結果では、日本で“活用する方針を定めている”(「積極的に活用する方針である」、「活用する領域を限定して利用する方針である」の合計)と回答した割合は42.7%であり、約8割以上で“活用する方針を定めている”と回答した米国、ドイツ、中国と比較すると圧倒的に低い状況となっています。
各国企業の生成AIの活用方針策定状況

ただし、日本の企業における生成AIの活用状況については、業界毎にばらつきがあります。
日本企業における業種別の生成AI導入・利用率について、情報通信総合研究所が公表した調査結果を確認すると、トップは「情報通信業」(35.1%)で、次いで「金融業,保険業」(29.0%)となっています。一方、「卸売業,小売業」は13.4%にとどまっています。
日本企業の業種別生成AI導入・利用率

小売業の生成AI活用に向けた問題点

小売業が他の業種と比較して生成AI導入・利用率が低い理由について、生成AI活用のために克服しなければならない問題点を整理することで探っていきます。
- 導入・維持コストの捻出
生成AIを導入する際には、初期導入コストだけでなく維持・運用にかかるコストが発生します。特に、先進的な技術や自社向けにカスタマイズされた仕組みを導入することで、コストは高額になりがちです。中長期視点ではコスト以上の効果を期待できることは分かっていても、中小規模の小売業にとって生成AI導入のハードルは決して低くはないでしょう。 - 顧客データのセキュリティ対策
生成AIは様々なデータを取り扱いますが、中でも顧客データの保護が最重要課題となります。顧客データに含まれる個人情報の漏洩や不正アクセスといった問題が生じた場合、顧客からの信頼を失うだけでなく、法的な問題となってしまう可能性があります。 - 専門人材の登用・育成
生成AIの導入や運用には専門的なスキルと知識を持った人材が必要となりますが、小売業に限らず多くの業界でニーズが非常に高いため、人材の確保が困難になっています。一方、既存社員の生成AIに関するスキルと知識を向上させるためには継続的な教育が欠かせないものの、多くの小売企業では低賃金や長時間労働、休日が取りづらい環境、人間関係のトラブルなどの要因による人手不足が深刻化しており、生成AI活用に向けた育成に既存社員を振り向ける余裕がない状況です。
ただし、小売業は人材不足に加え、SNSの普及にともなう消費者の嗜好の多様化や環境意識の高まりにともなう廃棄ロス削減など様々な問題への対応を迫られており、これらの問題の解決策として生成AIの活用が注目されています。
小売業の生成AI活用に向けた方向性

今後の小売業における生成AI活用は、「マーチャンダイジング」、「店舗オペレーション」、「サプライチェーン」、「マーケティング」、「顧客対応」の5つの分野が主流になってくると思われます。
それぞれの分野について、生成AIを活用した具体的な取り組みをまとめました。
- マーチャンダイジング
POSやID-POS、顧客データに加え、売場データや什器データなどの店舗情報、商圏情報などに基づき、個店ごとの品揃えやスペース配分の策定が可能となります。さらに、店舗や商品で売上に急激な増減があった場合、その原因として考えられるものを生成AIに出力させることで、分析にかける時間を短縮して対策立案にかける時間に費やすことができます。また、チラシやインストアプロモーション、バンドル、クローズドキャンペーンなど、様々な販促の効果検証も容易になり、それらの検証で得た知見をベースにして目的にあわせた最適な販促手法についても、生成AIが提案してくれるようになるでしょう。その他に、お客様アンケートやSNSへのコメントなどのデータを生成AIに読み込ませることで、PBや惣菜の商品開発におけるアイディア出しにも活用できそうです。 - 店舗オペレーション
現在も研修動画やシフト管理に生成AIを活用している小売業がありますが、このような業務効率化に向けた取り組みは、小売業が抱える人手不足問題の解決策としてますます進んでいくでしょう。その他に、2025年1月に米国で開催された世界最大規模の小売業向けイベント「NRF Retail's Big Show」において、大手小売業がシフト管理や在庫問い合わせなど店舗における様々な業務について生成AIを活用して自動化した上で一つの従業員向けアプリにまとめた事例が紹介されていましたが、日本においても近い将来広まるかもしれません。 - サプライチェーン
生成AIは膨大なデータを高速処理・分析するのが得意であり、過去の売上データや顧客データ、気象予報データなどに基づき、将来の需要を高精度で予測することができます。そして、その予測結果を在庫管理に活かすことで、商品の欠品や過剰在庫の防止が可能となります。さらに、最適な配送ルートや積載計画の作成など、『物流2024年問題』によりトラックドライバーの人手不足に直面している物流面でも、生成AIが問題解決のカギとなりそうです。 - マーケティング
マーケティングでは、画像生成AIや動画生成AI、テキスト生成AIなどを用いて素早く販促物を生成するといった業務効率化は勿論、消費者の嗜好の多様化に対応した『One to Oneマーケティング』に生成AIが活躍します。『One to Oneマーケティング』とは、顧客一人ひとりの購買傾向からニーズを読み取り、個々に対して最適なコミュニケーションを行うマーケティング活動を指し、AIカメラやアプリと連携することでさらに効果を発揮します。例えば、お酒とおつまみをよく一緒に購入する顧客であれば、その顧客がお酒売場で購入した商品の映像をAIカメラが分析し、その商品と相性のよいおつまみの割引クーポンをアプリで配信するといった流れが想定されます。 - 顧客対応
メールやチャット、電話対応など、従来の顧客対応業務は生成AIによる置き換えが可能となりつつあります。また、最近では店舗での接客にも生成AIアバターが活用され始めており、24時間対応や多言語サポートなどの機能により顧客の利便性向上に貢献しています。さらに、これらの顧客対応を通じて得たデータは絶えず蓄積され、そのデータを分析した上で顧客にとって最適な対応を生成AIが実行することになります。
このように、生成AIは人手不足の解消や消費者の嗜好の多様化への対応、廃棄ロスの削減といった小売業が抱える課題を解決する可能性を秘めた技術です。
一方で、導入・維持コストの捻出やセキュリティ対策、専門人材の登用・育成といった課題も存在しており、これらのメリットとデメリットを理解した上で導入・活用の計画を立てていくことが重要となるでしょう。
(文)田中イノベーション経営研究所
中小企業診断士 田中勇司
発行・編集文責:株式会社アール・アイ・シー
代表取締役 毛利英昭
※当記事は2025年3月時点のものです。
時間の経過などによって内容が異なる場合があります。あらかじめご了承ください。